2018/07/17

日本テレビ「はじめてのおつかい」、日本でしかでけへん番組とちゃうか?

指差し小
 私はここでいつも「マスゴミ」と書いてますが、実は好きなテレビ番組もあるんです。その中の一つが、昨日(7月16日)放送してた日本テレビ系全国ネット「はじめてのおつかい」です。年に2回、スペシャルで放送してるようですね。もともとは番組の1コーナーの企画やったんが特番になったもので、それから数えるともう30年も続いてることになるようです。小さな子供が親におつかいを頼まれて、それをやり遂げる様子を撮影して編集しています。

 「マスゴミ」のことですから、いわゆる「仕込み」とか「やらせ」はある程度はあることと思われますが、一方でこれはホンマに地元の人たちの協力がないと、とてもでけへんなあ、と思うこともあります。たいていは舞台は田舎で、車などがあんまり通らへん安全な場所を選んでるようですね。そして必ずご近所さんたちが、登場する子供たちのことをよく知っていて、声をかけてくれる、と。最近は何十年も前の子供が親になり、その子供が出演するケースもあります。あるいは成長した子供の今の姿、を見せてくれることもあります。

 こうなると、単なる仕込みでは難しいですね。ホンマにそこに住んでる親子でないと無理ですから。この番組を観ていつも思うのは、やっぱりこれは日本ならではの番組やなあ、ということです。でも都会ではもう無理ですね。特にマンション暮らしやと、ほとんど近所付き合いもないし、ドアをしめ切ってたら誰が住んでるのかもわからん家なんて、なんぼでもありますからね。そう考えると、「都市化」も必ずしもええことではないんやないかと思いますね。

 そういえば脱サラして田舎に行った人の話で面白かったのが、家に鍵をかけてたら怒られた話。回覧板を置いて行かれへんやんか、ということらしい。たしかに昔の日本の家、特に田舎は軒先、縁側、もう入り放題の家でしたよね。昔の方が安全、安心やったんとちゃうか、と思えますね。アメリカにはゲーテッドタウン(gated town)というのがあって、ハリウッドに住む富豪、映画俳優なんかがそうらしいけど、街全体が高い塀に囲まれていて、街の入り口には私設の門番がおって、24時間警護されてる、と。地域共同体なんかあらへんなあ、そんな街。

 テレビ番組を観て、そんなことを思いました。全国どこにおっても安全で安心な日本を取り戻したいですね。
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2018/07/16

「皇室の祭祀」を奪われた「国民の祝日」。休日やったら何でもええんか?

頷く小
 今日は海の日、国民の祝日。国旗は掲揚しはりましたか?私が子供の頃に比べて、国旗を掲揚している家は確実に少なくなってきてる気がします。ホンマ情けないなあ、私ら日本人。私は4~5年前に覚醒してからは掲揚してます。まあ実家の方はお父ちゃんが玄関先に立ててたのを覚えてますが、いつの頃からか、立てんようになってましたね。日の丸を振るのはワールドカップやオリンピックなんかのスポーツの時だけやなんて、そらあかんやろ日本人。国会議員の中には、国旗に礼もせえへん人はいくらでもいますね。日本の「国会議員」と名乗らんとってほしいわ。

 さてこの海の日は、平成7年(1995)年に制定され、翌年から施行されたと。制定当初は7月20日やったんが、平成15年(2003)年にハッピーマンデー制度ができてから、7月の第3月曜日となったそうです。ただ、再来年はオリンピックがあるため、開会式の前日に当たる7月23日(木曜日)に変更されるそうです。もともとは、7月20日というのは「海の記念日」やったんやそうです。明治9(1876)年、明治天皇が「明治丸」で東北地方巡幸をされ、7月20日に横浜港に入港、帰着しはったことにちなんで、昭和16(1941)年に記念日と制定されたんやそうです。まあしかし、休みが増えるのはええけど、そんなにしょっちゅう日をころころ変えてもええんか?という議論もあるとか。

 今は「国民の祝日に関する法律」で決められてる祝日、戦前は「祝祭日」と呼ばれていて、国民の「休日」は起源によって「祝日」か「祭日」かの違いがあったのに、そこから「祭日」を抜いたわけですね。つまりは戦後、皇室の祭祀との関係をできるだけ薄めようとしたことは明らかやんか。まあ戦前から紀元節祭・天長節祭は「祭」をとって紀元節・天長節となっていたんで、ちょっとややこしいですけどね。そして明らかに皇室祭祀を否定しようとしてたんが、勤労感謝の日、新嘗祭ですね。これは前に「奪われた新嘗祭。何で勤労感謝やねん。」で書きましたね。そもそも日本は天皇がしらす(領らす)国、その皇室の祭祀は、宗教ではありません。「政教分離」などという理屈を二千数百年の歴史を持つ日本の皇室に当てはめるのは、おかしなことです。

 GHQに奪われた日本を取り戻すためにも、日本の「祝祭日」をきちんと復活させなあかんと思いますね。前に書いたことをもっぺん書いときます。
2月11日「建国記念の日」・・・神武天皇即位の日=「紀元節」
4月29日「昭和の日」(もと「みどりの日」)・・・昭和天皇誕生日。
11月3日「文化の日」・・・明治天皇の誕生日=「明治節(天長節)」
11月29日「勤労感謝の日」・・・「新嘗祭」
あと、春分の日、秋分の日はそれぞれ「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」ですね。
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2018/07/05

文科省の局長逮捕、「世間体」を気にせんようになった?私らも反省!

パンチ小
 今朝の新聞には、文科省の局長の逮捕の話が大きく出てましたね。文部科学省の大学支援事業をめぐり、東京医科大学に便宜を図る見返りに、自分の息子を入学させてもろた、というわけです。えー、文科省は前川喜平という恥さらしなスケベ援交オヤジをクビにしたとこやん、つながりはあるんかなあ、と思たら、どうも前川氏が引っ張り上げた人物やとか。どこまでも腐ってますね、文科省。通してもろた息子くん、どないするんやろ、入学取り消し?退学?まあ日本人やったらせめて自主退学したらどうかな?自分が下駄履かせてもろたことを知ってたかどうかがポイントやな。あ、そんなことはどうでもええか。

 腐った人の周りには腐った人が群れるということなんやろか。恥を恥とも思わんこういう人たち、救い難い気がしますね。スマホでニュースを見てたら朝日新聞系のAERAが<「官邸のリークなのか」疑心暗鬼>やて。笑えるわ。文科省へのいじめとちゃうか!と憤慨してるのが丸わかりです。パヨク系の文科省にお友達がいっぱいいる朝日新聞系の記者は悔しそうです。公務員は名の通り、「公」に尽くすべき人たちなんとちゃうんか?仕事を通じて私的利益を得ようとする人たちはやっぱり許せませんね。

 そういえば昨日の産経新聞で、教育学者の貝塚茂樹さんがコラム「【解答乱麻】「空気を読んでも、空気に流されるな」 公、道徳から乖離してはならない」を書いてはりました。
 昨今大流行の「忖度」と言う言葉、辞書的には<「他人の心を推し測ること。また推し測って相手に配慮すること」といった意味>、<「他者」の気持ちを推し測り行動することは道徳的に考えても決して悪いことではない>。その通りですね。

 そして「忖度」と同様に注目された「空気」についても説明してはります。<「空気」については山本七平氏の『「空気」の研究』(1977年)という秀逸の日本人論がある>んやそうです。山本さんは<日本人は対象それ自体をそのまま把握するのではなく、その背後に何か宗教的なもの、絶対的な「恐れ」に近い感覚を感じ取る>、<戦前、戦中、戦後という時代が変化しても「空気」が日本人の意思決定の底流に脈々と受け継がれていると指摘し>はったんやそうです。なるほど、わかるなあ。

 そこで貝塚さんは書きはります。<日本人には「世間」はあるが、「社会」はないと言われる。西洋の「社会」という言葉は、本来は個人がつくる社会を意味しており、個人が前提であった。しかし、日本の個人は欧米のそれとは異質のものであり、日本人にとって重視されるのは、「世間」である。それは、「そんなことをしたら世間が許さない」「世間体が悪い」という言い方はあるが、「社会が許さない」や「社会体が悪い」という言い方は生まれなかったことに表れている。そう指摘したのは阿部謹也氏である(『学問と「世間」』)。>

 そして現在の日本では、どうか。<「世間」は徐々に解体され、「空気」の意味がより大きな変質を遂げていると言えないだろうか>。つまり、<「美徳」としての「空気を読む」は、単なる「空気に流される」へと主体性を失い始めたのではないか>。と。なるほど、見事やなあ。冒頭の、文科省の局長を批判するのんは簡単やけど、そもそも今の私ら日本人は、かつて普通に持ってた「世間さま」に対する恐れを無くしてしもてることが問題なんとちゃうか、と思た次第です。
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2018/06/30

世界に比類のない縄文文化。これこそが日本人のDNAやんか。

縄文文化が日本人の未来を拓く
 いやあ、この本、面白かったです。『縄文文化が日本人の未来を拓く』小林達雄 徳間書店。
 最近いろいろ勉強してると、どうも日本人にとって縄文時代てめっちゃ重要やなと思うようになって、縄文時代を調べてみよ、と思たんですわ。私らの中高生時代は、縄文時代の人というのは狩猟、採集生活が主で、毛皮をまとった石器時代の原始人に近いようなイメージで習うたと思います。ところがどっこい、最近の研究ではかなり進んだ、高度な生活をしていたようです。そしてその精神性の高さは、実は驚嘆すべきもんやないか、というのがこの本の小林さんの主張です。

 縄文時代初期の遺跡である大平山元I遺跡(おおだいやまもといちいせき)というのは、青森県にあり、昭和50(1975)年に最初に発掘されました。以後そこから発掘された縄文土器を、平成10(1998)年になって最新の手法である放射性炭素年代測定法で、使われていた年代を算定したところ、何と1万6,500年前やったと、つまり世界最古の土器とわかったそうです。ちなみに同じ遺跡で見つかった石鏃(せきぞく、石のやじり)も世界最古の弓矢の使用を示すものとわかったそうです。

 そして縄文土器というのは、日本列島に特有で、北海道、沖縄、対馬からは出土するけれど、半島、大陸にはほとんど無いそうです。ちなみにヒスイもそうです。また、縄文土器の特異性を発見したのはあの岡本太郎さんなんやそうです。初めて現物を見てショックを受けたと。縄文土器の典型とされる火焔型土器というのは、ある一定の決まりみたいなものがあり、火焔の名のもとになっている突起が特徴です。これは実用面からは、とても邪魔です。こんなものがついていると、食べたり飲んだりはとてもしにくい。なのに、この特徴が何と1万年以上も連綿と受け継がれてきたんやそうです。もちろん、まだ謎ではあるんやけれど、そこにこそ、もともと日本列島におった日本人の祖先の心を解く鍵があるんやないか、というのが小林さんの着目点です。

 私らが昔習うた弥生式土器というのは、縄文土器に比べて洗練されていて、デザインもシンプルで実用的、ということでした。小林さんはこれを、弥生土器はタッパー容器、と言います。日用品ですね。それに比して縄文土器は世界観を持っているんやと。つまり、縄文時代の日本列島は、まったく独自の文化圏を持っていた、ということですね。そして狩猟採集生活でありながら、かなり早い段階から定住が始まってたそうです。以前の理解では、大陸や半島から稲作が伝わってから定住が始まり、弥生時代に移っていったと言われていましたが、どうも違うようですね。

 私らは、時代は下れば下るほど人間は進歩していくもんやと、何となく思てますよね。せやけど最近わたしは、昔の人の方がよっぽど賢かったんとちゃうか、と思います。そらそうや、あの『古事記』は稗田阿礼の口述筆記やねんで。なんであんな長い物語を全部覚えられるんや?
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2018/06/20

日本の神話に向き合おうとしない左翼の歴史家。ん?日本人か?

頷く小
 私が「GHQの洗脳(笑)」から解けていろいろ勉強して知ったことの中には、天皇、皇室のことがあります。とはいえ、まだ私の子供の頃には、「むかしばなし」やら「わらべうた」などもソノシート(知ってますか!?ビニールのペラペラの、付録のレコード、みたいなやつ)でよう聞いた記憶があります。大黒様の歌は、今でも歌えます(笑)。せやから自分にとっては戦後は皇室が蔑ろにされてきた、みたいな感覚は特になかったと思います。けれども今の子供たちは左翼教育によって、徹底的に天皇、皇室の事を軽く考えさせられるように仕向けられているんやろうか。

 先日書いた「『天孫降臨とは何であったのか』田中英道~縄文時代を見直そう」の続きになりますが、最近の考古学的発見や科学的分析によって、少なくとも2万年以上前から縄文文化が栄えていたことが明らかになってきました。そして、その真ん中に連綿と皇室があって、弥生時代、古墳時代を経て大和朝廷の時代にまっすぐに繋がっていることがいよいよ明らかになってきた、と。記紀神話は物語ではあるけれど、確かに存在した歴史的事実の記憶や、というわけです。

 日本書紀には異説がある場合には必ず「一書に曰く」と付記していて、「イザナギ・イザナミの神生みの神話においては、『一書に曰く』が11種類も付記されているほど」なんやそうです。また、よく言われることですが、神武東征の話は必ずしも順風満帆やのうて、けっこう苦労してる場面も多いそうです。戦後の左翼の歴史家が、記紀神話は後の時代の権力者が自己の正当化のために書かせたもの、などと言ってこれを貶めようとしてきたれど(そんな要素が全くないわけはないにしても)、そういう「正当化」も含めて、既に江戸時代にもさんざん研究され尽くしてきたんやそうです。じっさい、武烈天皇に関する記述はとてもここに書けないくらいの悪行に満ちています。

 最近の縄文時代の新たな発見があまりに多いことから、左翼の歴史家の中には縄文時代を一大文明と捉えて、逆に天皇家の存在をまったく無視する人もおるんやそうです。うーん、日本人ならば、まずは2万年以上も前の私たちの祖先の縄文人に思いを馳せ、日本という国を作るのにとても苦労した天皇家が今、少なくとも二千年以上は確実に続いてきたことを誇らしく思うのは、ごく自然な感情でしょう。日本中に今でもたくさんある、一体いつの時代にできたのかわからないような古い神社のことも最近になって知りました。事実に謙虚に向き合って昔を想い、今を生きる力にしていきたいと思いますね。
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