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2018/09/13

戦後も現地で独立戦争を共に戦った日本兵。こんな話がいっぱいあるやん。

走る小
 目が醒めて(笑)いろんなことを初めて知るようになった中の一つに、アジアでの日本兵の話があります。今日(9月13日)の産経新聞に、葛城奈海さんの記事が出ていたので紹介させていただきます。この人、3年半ほど前に共著で『国防女子が行く-なでしこが国を思うて何が悪い』という本を出して有名になりはったんかな?あ、私はまだ読めてませんが。

 今日の記事は、8月17日、市ヶ谷の防衛省の一角で、インドネシア独立の英雄であるスディルマン将軍の銅像への献花式が行われたことを取り上げてはります。昨年から防衛省の公式行事となって、小野寺五典防衛相やインドネシアの大使も列席してはるそうです。スディルマン将軍というのはオランダからの独立戦争を戦って、初代国軍司令官となった人やそうで、今なお国民の尊敬を集めてはるんやそうです。

 インドネシアは大東亜戦争が始まってすぐに日本軍が占領統治し、軍政下で軍事教練も施した、と。その中にこのスディルマン将軍もいてはったということです。そして8月15日の終戦後も日本兵2000人以上が、この独立戦争に参加したんやそうです。基本的にアジアの国々は(特定3か国以外は)親日、と言われてるのも、こういう歴史があるからですが、私はそれを全く知らんかったんですね。

 葛城さんは書いてはります。
 <献花式後には、憲政記念館で映画『ムルデカ17805』の上映会が行われた。「ムルデカ」は独立を、「17805」は初代インドネシア大統領・スカルノによって同国の独立宣言が行われた皇紀2605年8月17日の数字を日・月・年の下2桁を並べたものである。公開は平成13年。>

 <典型的な戦後教育を受け、日本はアジアの国々にひどいことばかりしてきたと思い込んでいた私は、この映画で目をひらかれた。>

 <2千人もの日本兵が戦後も帰国せず、350年に及ぶオランダ植民地支配からの独立を勝ち取るべくインドネシア人とともに血を流し続けた。そう知って心を揺さぶられ、自国の歴史に初めて誇りを持てた。>

 えー、私よりずっと若い(笑)あの葛城さんも、実は「洗脳」されてはったんや、と少し安心してしまいました。この他にも、アジアで旧日本軍がとても感謝されている話は、このほかにもいっぱいありますね。まだまだいっぱい勉強して、欺瞞の「戦後教育」をしっかり払拭せなあかんな。

2018/08/29

マハティール首相、消費税を廃止!日本も見習わなあかんな。

走る小
 マレーシアで5月に、マハティールさんが15年ぶりにまた首相になりましたね。7月に93歳になりはったそうです。スゴい元気ですね。このマハティールさんのことを産経新聞で矢板明夫さんが「中国点描」で書いてはります。マハティールさん、チャイナの首相の李克強さんに「私たちは新しい植民地主義を目にしたくない」と面と向かって言いはったそうです。実はマレーシアは前の政権のときにチャイナの「一帯一路」に組み込まれて、莫大な投資を受け入れて東海岸鉄道のプロジェクトを進めてたんやけど、それを中止することにしたらしい。

 中止となると違約金が発生するんやけど、それを減免してもらうこともお願いしに行ったそうです。もともと一帯一路の投資というのは、かなり返済に無理がある借金を背負わせておいて、後で領土の使用権を奪うという「債務の罠」と言われていますね。世界中の後進国がこれにかかって領土をたとえば99年間、チャイナに貸す、などということになってしまっていますね。で、マハティールさん、その後に会った習近平主席に対しても「新植民地主義に反対する」趣旨の発言をしはったそうです。今、チャイナ政府はアメリカとの貿易戦争の真っ最中で、周辺国ともケンカはしたくない、そんな時期を狙っての発言は、まさに老練な政治家やと高い評価です。

 マハティールさんは親日家で「ルックイースト政策」が有名ですね。ウィキによると<個人の利益より集団の利益を優先する日本の労働倫理に学び、過度の個人主義や道徳・倫理の荒廃をもたらす西欧的な価値観を修正すべきである>という提言を、1981年に、最初に首相になったときに出しはったそうです。日本のことをわかってはったのは、大東亜戦争中で、マレーにいたイギリス軍を追い出した日本軍の統治を経験したからですね。でもマハティールさんには「立ち上がれ、日本人」という本もあり、昔のことを謝罪ばっかりしてたらあかん、と言うてくれてはります。

 そんなことを言われるのは恥ずかしいと思わなあかんな、日本人。ここ20年の停滞はホンマに情けない話やし。あ、この本は2003年の出版やから、もうずっと前やんか。日本、一体何してたんや、しっかりせんかい!と言いたいですね。ホンマに。マハティールさんは、自分では年齢のこともあるので、既に後継者を指名してるそうですが、何とその人がかつての政敵なんやそうです。やっぱりなかなか老獪な人ですね。まるでスケールがちゃうな。日本にもこんな指導者がおったらええのになあ。

【追記】【タイトル変更】
 大事なこと書き忘れてた!それでマハティールさん、首相になってすぐに消費税を廃止しはってん。これでマレーシア経済復活、大好況となったらええのになあ。日本のマスゴミは総スルーとちゃうか。やっぱり日本も見習わなあかんな。


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2018/08/26

モリカケ3年アベ8年、シイの独裁18年。志位君、ちゃんと勉強しいや。

指差し小
 タイトルは、ネットではさんざん出回っている言葉ですね。渡邉哲也さんがよう使いはりますね。マスゴミのモリカケ報道は足掛け3年経つけど、何ら証拠もなく単に「安倍降ろし」のために騒いでいるだけやと、だんだん情弱層にもバレてきてます。共産党トップの志位さんは、委員長になってもう18年、共産党には選挙がないんで、何で委員長になれたんかは不明です。故・宮本顕治・元共産党議長の息子の家庭教師をしてて気に入ってもらえたから指名された、というのが通説ですね。まあその程度か。

 18年も委員長やってたら普通はそっちを「独裁」と言うんとちゃうんか?「安倍独裁!」なんてサヨクさんは言いはりますけど、ちゃんちゃらおかしいわ。で、この志位君、まあた変なことを言うてしもたみたいやで。

 <志位和夫@shiikazuo「『戦争責任言われつらい』晩年の昭和天皇吐露」昭和天皇は、中国侵略でも対米英開戦決定でも、軍の最高責任者として侵略戦争拡大の方向で積極的に関与した。個々の軍事作戦に指導と命令を与え、戦争末期の45年に入っても戦争継続に固執して惨害を広げた。歴史の事実だ。>

 これは、毎日新聞の記事(共同配信)に「リツイート」したものですね。
 <昭和天皇が85歳だった1987(昭和62)年4月に、戦争責任を巡る苦悩を漏らしたと元侍従の故小林忍氏の日記に記されていることが明らかになった。共同通信が22日までに日記を入手した。昭和天皇の発言として「仕事を楽にして細く長く生きても仕方がない。辛(つら)いことをみたりきいたりすることが多くなるばかり。兄弟など近親者の不幸にあい、戦争責任のことをいわれる」と記述している。>

 いやあ、仮にも公党の党首が、こんなでたらめな記述を公開してるって、おい、大丈夫か?という批判の嵐がツイッターでもまだ見られます。さすがに党首のツイッターを簡単には削除でけへんやろなあ。話としては、昭和天皇がずっと先の大戦についてお悩みになっておられたのがようわかるというだけやと思いますけどね。昭和天皇は降伏後間もなくマッカーサーに単独で会いに行き、自分の命はあなたに預けるから、とにかく日本国民を飢えさせないでくれ、と言わはったんやで。そんなことも知らんのか?志位君。まあそれより「個々の軍事作戦に指導と命令を与え」なんて、あり得へん話を書いてしもたんか。ちゃんと歴史を勉強せんと恥かくで。あ、もうかいてしもたな。残念やなあ。

 この人のアタマの中の薄ーい感じがとてもよく出てしもたと思います。まあ共産主義者というのは事実はどうでもよくて、言い続けて「洗脳」することが大事なんやろうな。ホンマにお粗末な話でした。

2018/08/21

チャイナのプロパガンダに協力する福田康夫元首相は、やっぱり国賊やんか。

指差し小
 前に「もともと頼りなかった福田康夫君、とうとう暗黒面に堕ちたんか?」で、福田元首相が南京大虐殺記念館を訪れたことを書きました。そしたら先月号の「月刊Hanada 2018年9月号」で、阿羅健一さんの「南京大虐殺記念館訪問、福田元総理の過ち」という記事が出ていました。阿羅健一さんというのは、近現代史研究家で、活発な言論、出版活動をしてはりますね。何と言っても「南京大虐殺」のウソを徹底的に暴いてきてはりますね。

 もちろん福田元首相の「南京大虐殺館」訪問についての批判なんですが、そこはいつも「実証」している阿羅さん、最初の福田さんの動機から検討を始めはります。福田さんは産経新聞のインタビューで、「『南京事件Ⅱ』をたまたま見てね。(中略)やはり旧日本軍が中国人を殺したことは事実なんだなあと。行こうという思いを強くしたわけです」と話しています。この「南京事件Ⅱ」というのは、日本テレビが作ったテレビ番組です。

 番組では冒頭で、敗戦とともに当時の政府が公式記録を焼却して南京虐殺の証拠を消した、みたいな言い方をしているのですが、そもそも無かった記録は焼却できるはずがない、と。また、現在残っている兵士の日記に虐殺の記録がある、という話も取り上げています。当時の日本軍は世界一、捕虜を丁寧に扱っていたのですが、自分たちの軍隊の7~8倍もの人数が捕虜となってしまい、食糧も足りなくなることが想定されたので、捕虜を非戦闘地域まで連れて行って解放しようとしたところ、シナ兵がパニックを起こして逃げ出すやら、解放地からは銃撃を起こされるわで結果、戦闘となって、大量の死者が出た、ということがあったそうです。

 そもそも戦場やから、どこに敵が潜んでかわからんわけで、しかもシナ兵はしょっちゅう便衣兵となってゲリラ的に攻撃してきたりもするから、油断も隙もあらへん、疑わしいときはさっさと攻撃せんと、こっちがやられてしまうわけですね。つまり、もちろんシナ人にもたくさん死者は出たけど、そんなん、戦闘やから当たり前、という話ですね。それをチマチマ、いろんなネタを出してきては虐殺や、虐殺や、と叫び続けてる、というのが「南京大虐殺」の基本構図なんやね。

 当時日本軍から逃げまくっていた蒋介石は、昔からプロパガンダがうまく、奥さんの宋美齢はアメリカに留学したから英語もペラペラで、しょっちゅうアメリカに行ってはいろんなところで反日の演説なんかもしてました。そんな蒋介石からは、戦中も戦後も、南京虐殺の話は一切出て来てません。たくさん人が死んだのは戦闘やから当たり前の話やからです。ついでに言うと、蒋介石は、日本軍に追われて逃げる途中に黄河の堤防を爆破して、100万人の現地住民を死なせてますね。日本軍は蒋介石を追うのをいったん止めて、住民の救助に当たった、と。

 結局「南京大虐殺」というのは1970年代になって朝日新聞が人気記者、本多勝一を使って捏造した話にすぎひんわけですね。でもこれはプロパガンダ戦という戦争です。話は戻りますが、阿羅健一さんは最後にこう結んではります。
 「福田元首相は『南京事件Ⅱ』に騙されたわけでなく、騙されたふりをしているだけなのかもしれない。」

2018/08/15

日本人は、いつまで攻撃され続けるのか?あなたが気づくまで、ずうっと。

今日は終戦記念日。去年の夏に、「意見広告クラウドファンド」のプロジェクトを立ち上げた時の原稿案です。残念ながらプロジェクトは成立しませんでした。再掲させていただきます。

【原稿本文より】
日本人はいつまで攻撃され続けるのか?
あなたが気づくまでずうっと。

72年前の8月15日、あのとき本当に戦争は終わったのでしょうか?
日本を占領したGHQは「東京裁判」で戦勝国が敗戦国を事後法によって裁くという、
およそ文明国にあるまじき茶番によって「戦犯」を作り出し、早々に「処刑」しました。
しかし実は日本は、昭和27年の独立後、国会の全会一致でこの「戦犯」の釈放、赦免を決議しました。
日本にはもう、とうの昔に「戦犯」はいないのです。

GHQは占領中、大急ぎで日本国憲法を制定させました。
日本はこの憲法9条のおかげで守られてきたという人がいます。
本当でしょうか?

GHQが日本の軍備を禁じたのは、あまりに強かった日本軍を二度と立ち上がらせたく
なかったからだったことは明らかです。
ところが今や日本の周辺は、もはや戦争前夜です。
竹島や尖閣諸島で日本の領土領海を公然と侵す国々、核やミサイルの実験を繰り返す国に、
憲法前文で言う「公正と信義」がどこにあると言うのでしょうか。
「戦争反対!」と言うのなら、日本を攻めてくる敵に絶対に負けない軍備を整えるのは当然のことでしょう。

日本国内から白昼堂々と拉致された人たちを、何十年たっても取り返せず、
現行憲法を一字たりとも変えられない私たち日本国民は、
本当にこの国を守ることができるのでしょうか?
GHQは戦後、WGIP(「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
(戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画」)
を推進しました。
これにより、かつて秦の始皇帝が行ったのと同じ「焚書」が、
20世紀の文明国においても行われたことはぜひ知っておきたいところです。

WGIPには、30項目からなる「プレスコード(報道規制)」がありました。
そこでは、朝鮮人、中国に対する批判、GHQの憲法起草批判、満州での日本人取り扱い、
占領軍兵士と日本女性との交渉、占領軍隊批判、等々が報道禁止項目とされました。
これらは当時のGHQの公職追放と相まって、絶大な効果をもたらしました。
そしてその効果は日本が「独立」してから今に至るも続いていると思われます。
なぜなら「日本は戦争を始めた悪い国」という洗脳から抜けられない日本人がいまだに多くいるからです。
さらにそのことによって利益を得てきた人たちが今もなお日本国内にいるからです。

「南京大虐殺」、「『従軍』慰安婦」が問題にされ始めたのは、戦後しばらくたってからのことでした。
何の証拠もないこれらのプロパガンダは、出現当時は戦争世代の人たちからは相手にもされませんでした。
「従軍」慰安婦という言葉自体が噴飯ものだったからです。

けれどもウソも百回言えば本当になる国の人たちはしつこくこれを繰り返し、
もともと「和」を重んじる日本人は相手がそこまで言うならと妥協を重ね、
ついに抜き差しならぬところまで来てしまいました。

72年間、実は私たち日本人は今もずっと、戦争に負け続けているのではないでしょうか。

平成29年8月15日 「それホンマか?マスコミ!の会」