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2018/09/18

石破くん、あんたに政治家としての信念みたいなもんはあるんか?いや、具体的に。

走る小
 自民党総裁選、いよいよもうすぐ決まりますけど安倍ちゃんでほぼ確定、のようですね。まあ私からしたらそんなん当たり前やんか、と思てました。むしろがっかりしたんは昨日の産経新聞の報道です。<安倍晋三首相(総裁)が次の総裁にふさわしいとの回答は49・6%で、石破茂元幹事長の39・6%を10ポイント上回った>。もちろん、自民党支持者に限ると安倍ちゃんが圧倒的なんやけど、一般の人が4割も石破さん支持というのにむしろがっかりです。

 どう考えても石破さんの言うてることはおかしいことだらけやと私は思います。北朝鮮問題。平壌に連絡事務所を置いて交渉に当たる、とか。今世界中で、まずはきっちり制裁を科すということで、ようやく金正恩委員長が表に出てきたのに、そんなことしたらまた元に戻るだけやんか。これまでずっと世界中が騙されてきたことを繰り返すだけのことやんか。これは絶対間違いやろ。モリカケはもう追及せえへんて、いや、獣医師会から献金もろてたんはあんたやろ、てな話ですね。

 経済の話もダメダメです。消費税は来年、しっかり10%に上げんとあかんそうです。あーあ、これも間違いやな。まだデフレを脱却したかどうかもわからんこの時期、しかも災害続きで地方経済があちこちで悲鳴を上げてるときに増税はないやろ。まあこれは安倍政権も表向きは増税確定路線やからややこしいけどな。安倍ちゃん側が消費増税延期を言い出しにくい、いや、言い出されへんのはわかってるんやから、増税延期!とか、マハティールさんみたいに、消費税廃止!と言うたら逆に人気出るのになあ。ホンマにわかってへんな、この人は。

 そしてこの人の過去。この前立ち上げた今回の選挙用ホームページには、自民党の離党歴が載ってへんねん。何やそれ。言われたくない不都合なことをわざわざ書かへんのは自由やけど、誠実さとか、正直とはほど遠い人やな。自民党の形勢が不利になると、さっさと党を離れてたとか、とても確固たる信念を持って政治家になった、というにはほど遠い姿勢に見えますね。

 もうネットで調べたら、石破くんがあかん話がわんさかと出てきます。過去の発言とかも。靖國神社には参拝せえへんとか、日本は侵略戦争をしたんやとか、南京虐殺はあったとか、慰安婦問題にもあいまい、とか、外国人参政権にもどうも賛成みたい、とか。憲法については9条2項は廃止すべきと、この部分だけは正論ですが、せやから今回の改憲は早すぎる、もっと議論を、とか。それって、いつまでも改憲でけへんようになるだけの話やん。

 もうどう考えても反日野党の手先と考えた方がすっきりする話ばっかりです。まあ元々私は自民党総裁選は自民党の私的な行事やから、好き勝手にやったらええやん、と考えてました。街頭演説なんかやらんでも、党としての連絡網なりを使うて、政策論争でもしとけば?と。ただ、党員は100万人以上おるそうやから、たしかに社会的影響力が大きいから街頭演説は必要なんかな?いずれにしても、総裁選後のこの人の身の振り方、めっちゃ興味あるわー。

【追記】大事なことを書き忘れてた!石破くんは、女性宮家をつくるべし、女系天皇も肯定、なんやそうです。何やそれ、全然あかんやん。あんた、日本人か?全然わかってへんやんか!と思いましたね。



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2018/08/31

神道は宗教というよりも、日本人の生活態度、人生哲学。

パンチ小
 もちろん私はまだまだ勉強中なんですけど、「洗脳」から解けて「覚醒」してびっくりしたことの一つに、「神道」があります。そもそも学校では教えてくれませんよね。そして日本人にとっての宗教というのは、大陸からの仏教伝来であって、それまでの日本には、アニミズム、原始的な信仰、シャーマニズムにつながるような、呪術的な宗教しかなかった、みたいな話です。「八百万(やおよろず)の神」というのはたしかにアニミズムにつながる要素があるのかも知れませんが、そういう欧米的な感覚では説明しきれませんね。

 と思てたら、私が毎日読んでる宮崎正弘さんのメルマガで、マンリオ・カデロ、加瀬英明『神道が世界を救う』(勉誠出版)の紹介がありました。
 <神道は「宗教ではない」「信徒がいない」「教典がない」。したがって経文もない。「天国」も「地獄」もない>
 <神道は自然崇拝であって、合理・主知の近代の智恵とは無縁の、自然な姿から発生し、争い事は好まず、また寡黙である>
 <日本人の特性を形づくってきたのは、やはり神道が基軸だったのだ>
 なるほど、深いですねー。

 宮崎さんは対談の次の部分がこの本の神髄やと教えてくれてはります。
 カデロ:「神道は宗教というよりも、人々の日常を律している『ライフスタイル』――生活態度か、『フィロソフィー』ーー人生哲学だといったほうが、よいのでしょう」
 加瀬:「宗教が理性にもとづいている信仰であるのに対して、神道は心の働きです。こころの信仰です」
 カデロ:「(伊勢神宮の式年遷宮に外交団長として招かれた折)、暗闇のなかで篝火が勢いよく燃えさかる、漆黒の静まりかえった境内で式典が行われ、神々しい時間がすぎてゆきました。深く感動しました。時間がたつのを忘れて心が揺さぶられました。じつに神秘的な体験でしたね」
 加瀬:「深い自然がそのまま神威となっており、古代から変わることがない社殿によって、心が休まり洗われます」

 コピペばっかりですみません、とても私が追いつける話やないですけど、何とかわかるような気がします。この前、伊勢神宮に何十年ぶりかでお参りした話を書きました(何十年ぶりかの伊勢神宮参拝。今の日本、何かが変わって欲しい!)。日本人はごく自然にお正月には初詣に行きますけど、それこそが日本人の習慣で、何にも難しい話やないと思いますね。そして家の中にも、それこそトイレの中にも神さんがいてはる、と自然に思えるのが私ら日本人やと思います。


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2017/10/09

靖国神社が消える日

読みましたよ。
靖国神社が消える日/宮澤佳廣/小学館

靖国神社が消える日 

著者の宮澤さんは國學院大學を出て神社本庁に入り、靖国神社の禰宜まで務めて今年の6月に退職しはったそうです。ということは、もろ内部の人が書いた本、ということになりますね。
前に靖国神社のことを書いたときにも言いましたけど、私が初めて靖国神社にお参りしたのはつい最近やねん。日本人として恥ずかしいことやったわ、ホンマに。

で、そもそも自分の親のせいにするつもりはないけど、私の両親は昭和ひとケタ世代、お母ちゃんなんか、戦争が終わったら小学校の教科書に毎日スミを塗るのが授業やったから、まあいわゆる「戦後民主主義教育」の最初の犠牲者なんかも知れんわ。

それとお父ちゃんは五男、お母ちゃんは八女というまあ昔は子だくさんやったからやけど、ある意味、家とか相続とかには全く無関心、無責任な親やったから、何と私の家にはずっと、仏壇も神棚もなかったんや。そのお母ちゃんが死んで初めてお墓やら仏壇のことを勉強して、お父ちゃんは全く無関心やったから、私ら夫婦で色々と決めたんや。

話それたわ。
で、戦後GHQの「神道指令」で神社は国の保護を受けたらあかん、単なる宗教法人になってしもたことで、実は靖国神社だけやのうて、全国の神社が宗教法人になってしもたんや。ということは、たとえば創価学会が池田大作さんの考え一つで方針が決められるように、神社の最高位の宮司が勝手に誰を合祀するかを決められる、ということやそうです。

で、今騒がれている西郷隆盛の合祀問題。そもそもいわゆる「賊軍」やった人を祀ることはありえない、それをやったら靖国神社が靖国神社でなくなると。

そらそうやな。今回、民進党が事実上解党したのも、何の原則もなくただひたすら選挙に勝つことだけを考えてたからやろ?原則をなくしたら最後は無くなってしまうんや。

宮澤さんの言では「靖国神社は、国家防衛という公務のために死没した246万60007余柱の神霊を祀る国の施設であり、国民が国家の平安を祈るために設けられた施設」ということです。国が作ったのに、戦争で負けてただの一宗教法人となったことがいかにおかしなことか、ということですね。
これは日本人一人一人に突き付けられた問題やね。むずかしいわ。

あと、日本人にはもともと公共心がある、ということで、あの東日本大震災のときに防災無線を放送し続け、自らは落命した町職員の女性のことが出てました。この女性も特攻隊の兵士も「他人のために生きる」「自分が犠牲になることによって、他の誰かが助かるかも知れない」と思ったからこそ尊い命を捧げることができたのだ、という考えですね。

そういう心は日本の風土や神社神道の信仰によって育まれてきたんや、と言います。こうした自己犠牲、共同体意識こそ、アメリカ軍が最も恐れたものやったんやということですね。靖国の公共性がなくなるときに、靖国は靖国でなくなるということです。

今こそ靖国神社の国家護持が必要な時やと思うんやけど、、、まだまだ先は長そうやなあ。
2017/05/01

靖国参拝

この前、靖国神社に参拝して遊就館にも行ってきたことは書きました。
私が何も知らんかったアホな時、つまり日本は戦争を仕掛けた悪い国、と思わされてた時は靖国神社(「靖」も「国」も字が違うけど、変換で出てきやへん!怒)は軍国主義の象徴で、めっちゃおどろおどろしいとこやと、何となくイメージで思うてました。ほんまアホやったわ。

で、この靖国神社、第二次安倍内閣になってから安倍ちゃんはまだ1回しか参拝してはりません。一国の首相が、国のために戦って命を落とされた方の霊を慰めに参拝することが、何で他国から批判されなあかんねん、といつも思います。

政教分離の原則、信教の自由の問題、公的か私的かの別、「戦犯」合祀の問題など、めっちゃいろいろな問題があるように言われるけど、結局それらはみんな、日本をいつまでも敗戦国のままにしておいて、いつまでも「反省」させておくためにつけてくる言いがかりでしかないと思うわ。

じっさいのところ、戦後ずっと歴代首相は靖国神社に参拝し続けていたのが、昭和60年(1985年)に中曽根首相がそれまで毎年行っていた参拝を取りやめたのが今に続いていると思われます。当時、中曽根さんは中共政府トップの胡耀邦と仲良くしようとしていて、朝日新聞や毎日新聞がうるさいもんやから取りやめたらしいで。それが今に続いてるということらしい。

あ、でもその後の小泉純一郎首相は6回も参拝したけどな。
ついでにいろんなことを調べてみたら、靖国神社参拝問題って、もう何十年も続いてるようで、言葉は悪いけど、「アホらし」と思うてしもたわ。結局、「問題」にするんかせえへんのかは、国民の意識次第やということやね。
この前行ったときに、若い人、子供を連れたまだ若い親子がたくさん来てはったことが救いやと思います。

繰り返すけど、国のために戦って命を落としはった人たちの霊を慰めに行くことが何で非難されなあかんねんな。
日本人、しっかりせなあかんで、ホンマに。
2017/04/15

靖国神社、遊就館

用があって久しぶりに東京に行ったついでに、靖国神社に行って来てん。実はこの年になってまだやっと2回目です。もともと戦後民主主義教育の優等生?(笑)やった私は、ちょっと前までは靖国神社なんて、悪名高い日本の軍国主義の象徴やん、なんでそんなもんが今もまだあるんや?なんて、とんでもない思いを持っていました。

数年前から何かおかしい!と思ていろいろ勉強してきて、こっちの方がよっぽどとんでもないことやったんや!と思い知りました。とりあえず自分自身が恥ずかしく情けなく、まずはお詫びの気持ちも込めて、数年前に初めて靖国神社に参拝した、というわけです。え?!隣に武道館があったんや!それにしても大きな鳥居と参道やなあ、とか、文字通りのお上りさん状態で、ホンマに日本人として恥ずかしいことでした。

で、前回は参拝しかでけへんかってんけど、今回は遊就館もゆっくり見て回ることができました。
いやあ、話には聞いてたけど、祀られてる英霊の方々の手紙を読んだり、ビデオで上映とかもあるんやけど、涙、涙やったわ。ほとんどが20代の若い人たち。親に宛てたものが多いけど、生まれて間もない娘宛てとか、、、、。

死を覚悟した人の書きはった手紙は、そこにまだ魂がこもってるような気がしたわ。それに、まあ展示してあるからかも知れんけど、毛筆の字がきれいねん。昔の人は立派やったんやなあ。あ、そうそう、中学生が出征兵士に贈ったという日の丸の旗の寄せ書きも展示してあったけど、これもまたみんなきれいな字やねん。きっと、ヘタな子には先生が必死で練習させはったんかなあ、と想像してました。

ほとんどの日本人は、国に命令されていやいや行ったんではないと思います。死ぬのは怖いし辛いし悲しいけれど、親や子供や愛する人のために、自分自身の務めとしてしっかりした覚悟を持って戦地に赴いたんや、というのがわかります。

「靖国で会おう」と言って戦地に赴いて、桜の如く散って行った人たち。私らも恥ずかしくない生き方をせんと、英霊に申し訳ないなとしみじみ思いました。