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2018/12/01

秋篠宮殿下には国民へのお心遣いはまことに有難くも、残念なご発言でした。

指差し小
 53歳になられた秋篠宮親王殿下のご発言が物議を醸していますね。世間的には眞子内親王殿下のご婚約のお話の方に興味が行くようですが、私はもうひとつの方の話題がめっちゃ気になりました。長いですがここは大事なので、産経新聞の「主張(社説)」からコピペさせてもらいます。

 <来年の皇位継承に伴う大嘗祭(だいじょうさい)について、秋篠宮さまが記者会見で、皇室の公的活動を賄う国費(宮廷費)を充てることに疑問を示された。>
 <「宗教色が強い」「国費で賄うことが適当かどうか」として、憲法の政教分離原則を念頭に、天皇ご一家の私的活動費である内廷費を充てるべきだとの考えを示された。「身の丈にあった儀式」とすることが「本来の姿」とも指摘された。>

 産経新聞は抑制的に書いてますね。この後、
 <大嘗祭は、新天皇が初めて行う新嘗祭(にいなめさい)で、国家国民の安寧や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る一世一度の祭祀(さいし)だ。即位の中核的な行事であり、国費の支出によってお支えしたい。>と書いています。そして続けて

 <憲法の政教分離原則に触れるという懸念は当たらない。平成の大嘗祭に対して複数の訴訟があったが、政教分離に反しないとの最高裁判決が確定している。>
 <政教分離は、政治権力と宗教の分離が目的である。天皇や皇族は権力を持たないし、宗教団体を擁さない。大嘗祭をはじめとする宮中祭祀を一般の宗教と同列視して、私的行為と見なす必要はないのである。>

 私は、秋篠宮殿下は、決して経済状況が良くない中、国民の負担は少しでも減らすべきだ、ということが最初にあって、その理由として、これ(大嘗祭)は私的で宗教的なものやから、とおっしゃったんや、と思いたいです。せやけど保守系の人たちは、この部分に大いに反応したようですね。あ、実は私もびっくりしました。

 二千数百年に渡って引き継がれてきたかも知れない、この新しい天皇が行う儀式というのは、もはや「宗教的」なものであるはずがない、と思います。日本が日本であることを証明する国家的な行事と言うてもええんとちゃいますか?GHQは、神道を単なる一つの宗教に貶めて、日本各地の神社も個別に?宗教法人にしてしもたみたいやけど、神につながる道こそ、日本人が昔から大切にしてきたこととちゃうんかなあ?まあうまいこと言われへんけど。

 ちなみに上の「主張」に書かれてる憲法違反の訴訟というのは、共産党につながる人たちが出したんやそうです。そら「天皇制」を廃止することを綱領にしてる政党やから、さもありなんですけどね。

 それにしても、秋篠宮殿下が「宗教色が強い」とおっしゃったことは残念です。宗教とちゃいますよ、日本が日本であることを示す国家行事ですよ、ご遠慮は要りません、堂々と私ら国民の税金で実施させてください、と申し上げたいですね。私が入れてもろうてるメーリングリスト内でも、多くの人が懸念してはるようです。天皇家でさえ、GHQが進めた「戦後民主教育」に蝕まれてるんやろうか?みたいな疑念です。

 決して皇室を批判するつもりはありませんが、まことに残念な秋篠宮殿下のご発言でした。あと、宮内庁のお役人に対するご批判については産経新聞と同じく、<皇族と宮内庁の綿密な意思疎通も大切である。>と言うておくことにしましょう。

【追記12/3】<斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」>というメールマガジンに、「現代にふさわしい大嘗祭のあり方とは?」の記事が掲載されましたので、リンクしておきます。


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2018/11/05

昔から天皇は日本国の「象徴」やったんや。その本質は「利他心」で祈ること。

頷く小
 今の日本国憲法はたしかに、わずか1週間かそこらで大急ぎで作られたもので、もちろん原案はGHQが作ってそれをいかにも日本の手続きを経て正式に制定されたように思わされてたけれど、今やこれは明白な国際法違反、ということになっていますね。つまり、占領中にその国の法規を変えることは違反です。

 アメリカのある高官などは、日本は独立したらさっさとこの憲法を廃止して、自分らで新憲法を作るもんやと思てたらしくて、何十年も経った後に実はそうでないことを知って「え?まだそのまま使うてるんか?」と驚愕したそうです(大阪弁風ですみませんww)。

 私もいろいろ勉強してきて、こんなコピペだらけの恥ずかしい憲法はさっさと捨ててしもて、日本人の手で作り直さなあかん、と思てます。せやけど、いざ「改正」するだけでも今、グダグダやっていて、「改正案」さえも出て来やへんのを見て、暗澹たる気持ちになります。

 十七条憲法は聖徳太子が作りはった、と。 五箇条の御誓文は明治天皇が出しはった、と。大日本帝国憲法は明治天皇が先祖代々の神様に申し上げる祝詞という形で制定された、と。やっぱり日本の憲法はみんなでわいわい、ではでけへんのとちゃうか、とも思います。今の「民主主義」で、全く新しい憲法を一から作り直す、というのがホンマにできるんか、絶望的にも思えてきます。

 そこで今日、また面白い話を見つけました。一昨日に書いたMLでの伊勢雅臣さんの「国際派日本人養成講座」の続編です。「公民教科書読み比べ(10): 国民統合の象徴とは何か?」からです。さっき、憲法の話を書きましたが、わたしはまだ勉強中で、たとえば私らの世代は、新憲法によって天皇は象徴になりました、と習いました。これが今考えてみて、ええことなんか、悪いことなんか、どうもしっくり来やへんかったんです。

 コピペだらけの憲法なんか捨ててしまえ、というのは簡単なんですが、実際に戦後、この憲法制定に日本人として関わった人たちは、それなりにとても苦労しながら何とか「国体」を維持し、整合性を持たせようと苦労しはった部分もたしかにあるんですね。

 この「象徴(symbol)」は、マッカーサーが指示したメモにもあったと言われています。
 「日本国憲法 第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」
 私は何となくこれは、「天皇の地位は国民が決めるんや」、「天皇には権限はないんや」みたいに捉えられるんやな、と考えていました。

 自由社版の教科書では次のように説明しているそうです。
 <天皇は、国家の平穏と国民の幸福を祈ることにより、長い歴史を通じて国民の信頼と敬愛を集めてきました。日本の歴史において、権威と権力が分離するようになったのちは、天皇は自ら権力をふるうことなく、幕府などそのときどきの政治権力に正統性をあたえる権威としての役割を果たしてきました。日本国憲法のもとでの天皇も、日本の政治的伝統にならった役割を果たしています。>

 そしてさらに自由社版の教科書では、「天皇の御製(ぎょせい:天皇の詠まれた歌)」というコラムを設け、その中で歴代天皇の御製を紹介している、と。そして次のコラム「古来から続く天皇のおつとめ」では、
 <古代から伝わる天皇の大切な仕事は、神々に祈りを捧げることである。その祈りの内容は、「国民の幸せ」と「平和な世の中」である。天皇がとり行う祈りを宮中祭祀という。>
と書き、元日の「四方拝」、そしてそれに続く宮中祭祀のかなり事細かな説明があるんやそうです。

 伊勢さんは常々<「国民の幸せ」と「平和な世の中」を神々に祈る事は、今上陛下に限らず、長い歴史を通じて、歴代天皇がなされてきた事>と書いてはります。そうすると、百地章(日本大学名誉教授)さんが「明治憲法下でも、理論的に考えれば天皇は象徴であったというのが、今日の通説である」と言うてはるのも納得できる、というわけです。つまり、<明治憲法下の「天皇主権」が、日本国憲法下で「象徴」に変わったという指摘は史実に反している>と明言できるわけです。

 これを読んで、私はちょっと嬉しくなりました。たしかに日本人は今、「象徴天皇」と言うのを受け入れています。でもそれは占領軍(GHQ)に強制されて受け入れたんやなくて、もともとそういうものやったんや、ということや。

 そして伊勢雅臣さんは提案をされています。「象徴とは何か」について、中学生にも分かるレベルで説明しよう、ということです。
 天皇のおつとめは「国民の幸せ」と「平和な世の中」を神々に祈る事である、と。そしてその祈りは、ご自身のための「利己心」ではなく、他者のための「利他心」によって行われている、と。昔から「大御心」と言われてきたのは、天皇のひたすらなる利他心だと言えよう、という説明です。

 「利他心」というキーワードはこの後もいっぱい出てきますが、「天皇の国事行為」の説明にもしっかり対応できます。私は日本国憲法のことをしょっちゅうボロクソに書いたりしてますけど、この第一条については、しっかり理解できました。成り立ちとかをけなすよりも、それを超えたところで考えんとあかんな、と反省しましたね。


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2018/11/04

GHQに奪われた「祝祭日」を取り戻せ。ん?戦後一体、何年かかってるんや?

パンチ小
 11月には祝日が2回ありますね。昨日3日の「文化の日」と23日の「勤労感謝の日」。前にも書きましたけど、こんなインチキ祝日はそろそろやめにせなあきませんね。

 まずは昨日の11月3日。これは元は「明治節」、明治天皇のお誕生日ですね。そして23日は「新嘗祭」。五穀豊穣、つまりは豊かな稔りを神さま、ご先祖さまに報告し、感謝するという、一年の中でも一番大事な宮中祭祀の日ですね。天皇陛下は今も、歴代天皇だけが執り行ってきた一子相伝と言われる秘儀により、その日を過ごしはるそうです。平成最後のお勤めになるわけですね。

 もともとは「祝祭日」やったものが、戦後はその根拠になる法律は「国民の祝日に関する法律」ということになって「祭日」が抜けてしもうたわけですね。天皇が執り行う祭祀の日、天皇に関わる祝日についてはGHQは廃止したんですね。2月11日の「建国記念の日」は戦前は「紀元節」、神武天皇の即位の日やったんですね。それも廃止されたと。

 「建国記念の日」は、日本国民の粘り強い運動によってようやく昭和41(1966)年に祝日法改正案が成立したことにより、何とか復活させることができたんやそうです。逆に言うと、サンフランシスコ講和条約が昭和27(1952)年ですから、独立した後、14年も復活でけへんかったわけですね。まあその頃は左翼全盛時代でしたからね。GHQが日本人の「建国」の話をなきものにしようとしたのはわかりますが、それにしても情けない話ですね。

 それに比べてれば、今月の「文化の日」、「勤労感謝の日」は、祝日としては戦後も廃止されることはなかったのですが、名前を変えられた、ということですね。え?戦後73年やで。まだ「文化」やら「勤労感謝」と言うてんのんか?さっさと「明治節」、「新嘗祭」に戻さんかいや!と思てちょっと調べてみたら、「明治の日推進協議会」というのがあって、もう10年ほど活動してはるみたいですね。

 うーん、それでももう10年経ってるんか。愕然としますね。もちろん、そういう運動として立ち上げた人たちのことは全力で応援したいとは思いますが、実はGHQに奪われたものはまだまだたくさんあるんですよね。日本は昭和27(1952)年に独立したんとちゃうんか?いったい何年かかってるんや?と、情けなくなりますね。GHQに奪われた、もしくは廃止されたものの中には「宮家」もありますね。明らかに「皇室」の廃絶を意図していたわけですね。

 「独立」してからでも66年、いったい日本人は何をしてきたんや?ほとんど何にも取り戻してへんやんか?!と言いたいですね。沖縄は取り戻しましたけど、それさえも昭和47(1972)年の話や、それからもう46年経ってるやんか。ほんまタメ息が出てきますね。

 今、この時代に取り戻せへんかったら、もう何百年も無理、いや、日本は滅んでしまうんとちゃうか、と空恐ろしい気持ちになります。


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2018/10/25

天皇家の財産に勝手に手をつけてええんか?私ら国民は勘違いしてへんか?

パンチ小
 安田純平さんが今夜、日本に帰って来はるそうです。日本のマスゴミが一斉に「英雄」扱いするのが見え見えで、うんざりします。ネットでは散々ですね。あ、もちろんネットでも「英雄や」という人もいてますけどね。

 日本人としての感覚からすると、もう違和感だらけですね。普通の日本人やったら、まずは最初にお詫びをして、お礼を言うて、言い訳はそれからでしょう。さて今夜、どうなりますことやら。なんで「ウマル」とか、「韓国人」と言うたんかというのは、もう機内で話してて、ネットにはいっぱい上がってます。あと、ご両親が昨日テレビで披露してた「千羽鶴」、あれ、折り鶴に見えへんかったんですけど?

 怪しくてうさん臭くて不愉快な話題はやめにして、今日、「日本の息吹」11月号で読んだ話を書きます。伊勢雅臣さんの明治天皇についての記事です。
 日清戦争に勝った後も世界の脅威は消えず、当時の日本は引き続き「富国強兵」を進めていかなあかんかったんですね。

 まだ発足して間もない明治政府、そしてできたばかりの議会政治もうまく機能してへんかったから、軍備をしっかり整えなあかんかったのに、議会は政争ばっかりで、海軍拡張のための予算が議会を通らへんかったそうです。

 そこで明治天皇は、宮廷費の一部を何年間か削って軍艦建造費に充てる、という勅語を出しはったんやそうです。それを見て、議会も国民も政争をやめて、国会議員は年俸を上納し、国民も多額の寄付をしたんやそうです。

 一方で、清国の皇太后は、自分の還暦を祝うために本来は軍艦を購入するためやった費用を流用して、頤和園という庭園を造ったそうです。まさにこの違いが、日本と清国の違いで、その後の両国の明暗を決定づけることになったというわけです。

 国を思う心、国民を思う心に基づいて、本来は天皇家の、いわば私的な財産をさえも差し出そうとされるそのお気持ちは、今の私らの感覚では到底想像もでけへんことやと思います。戦後、天皇家の財産は国の管理下に置かれることになってるようですが、これ自体、とても不敬なことやと、最近、私は思うようになりました。人の財産に勝手に手をつけたらあかんやろ、という話です。

 共産党あたりはそもそも「天皇制」を廃止することが綱領でうたわれてますから、何の呵責もないことでしょうね。フランス革命で王家の人たちを平気でギロチンにかけまくれたわけですね。日本では到底許されることではありません。

 今、覚醒した日本人は、国民を「おおみたから」として日々安寧をお祈りされる天皇には感謝の心しかありません。天皇を戴くこの国に生まれてよかったと、しみじみ思いますね。

【追記】コメント欄でご指摘をいただいたのですが、確かに昭和天皇も皇室財産を国に差し出してくれはったんですね。よう考えたら、戦後間もない頃に比べて今は十分豊かになったんやから、逆に返さなあかんやんか。どうもおかしいと思います。あと、宮家の復活もせんとあきませんね。


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2018/10/12

「退位」は不敬の極み。天皇は憲法を超えるご存在とちゃうんか?

指差し小
 私が「覚醒」していろいろ勉強した中で、天皇のことはけっこう大事ですね。昨日、私がときどき読んでる西村眞悟さんのブログに「今上陛下の御譲位により我らは戦後憲法体制から脱却する」の記事が出て、かなり納得して感動しましたんでご紹介させていただきます。実は私は前もここで(「譲位」によって上皇になられる陛下が日本を救う!ホンマか?)書いたんですけど、大事なことやと思たのでまた書きます。

 いよいよ来年、天皇陛下が「譲位」されます。これは紛れもなく天皇陛下のご意志なんや、ということですね。その「お気持ち」はあの「玉音放送ビデオ」で縷々、述べはりました。ところが政府と多くのマスゴミは「退位」と言うてますね。

 憲法第四条には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と書いてあるので、勝手に譲位を決めたら「憲法違反」になるというわけです。あー、そういうことか。え?天皇陛下が「憲法違反」?!何と不敬な。

 二千七百年の歴史のある日本では、憲法なんて聖徳太子の時代から、外国にカッコつけるために作られたもんやねん。ほら、一応ちゃんと明文化されてますよ、みたいに。西村さんの言い方やと、
 <つまり、今上陛下は、憲法の制約を超えられて、憲法の想定していない「上皇」となられる>
ということになるわけや。違反、なんて不敬も不敬、「超える」んやで、間違うたらあかん。
西村さんの指摘は厳しいで。今回のご譲位について、
 <陛下の御意志に基づかない「退位」とするなど不敬の極みである。>
 と書いてはります。
 わかりましたか、安倍ちゃん、てなもんですわ。厳しいですけどようわかりますね。

 続いて、「しらす」「うしはく」についても書いてはります。まあ読んでみてください。天皇陛下の「お言葉」(ビデオ)では、まるで私たち国民が同じ家族であるかのような語り口でお話しされてましたね。それはあれを聞いた国民の皆が感じたことやと思います。まだまだ私らは勉強せなあかんなあと思いました。

 そしたら昨日、ネットでサッカーの本田圭佑さんの話が出てました(「独占告白!本田圭佑から届いたメッセージ~朝鮮学校訪問の理由、愛国心とは、日本人であることとは~」)。

 私は本田選手のことはほとんど知りませんし、これまでの発言を調べたわけでもありませんが、次の言葉には、はっとさせられました。
 インタビュアーの「本田選手にとって『愛国心』とは何でしょうか?」という質問に対して
 <「家族を愛することと近いかなと。自分の国を家族と思えることが愛国心かなと。ただ問題なのは自分の国しか愛せないこと。それは悲しいことだし違うと思う」>
と答えてはります。
 この前後の話とかもあるし、慎重に言葉を選んで発言してはりますが、この部分は私もその通りやと思いました。

 これは、かつてのチームメイト、安英学さんから頼まれて先日、朝鮮学校を訪問したことに関して行われたインタビューで、かなりデリケートな話やと思います。日本人の心を正しく理解してくれる人が少しでも増えてくれたらええな、と思い、今後もこの本田選手には注目させてもらうことにします。


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