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2017/05/13

女性天皇、女系天皇

日本には天皇陛下がいらっしゃるからうらやましい、と海外の人たちから言われてるというのを、いろいろ勉強を始めてから知りました。日本人にとっては当たり前のことなんやろうけど、意識することはなかったように思います。それでも私らが子供の頃は、今上陛下と皇后陛下は「皇太子殿下、美智子妃殿下」とお呼びするのが普通やったと思います。今は「皇太子さま」「雅子さま」が普通になってしもてるけどなあ。マスゴミ、ホンマ不敬やわ。

皇紀2600有余年は前から知ってたけど、たしかに世界を見渡してこんなに続いている王室なんてあらへん、スゴいなあ、と単純に思うわ。スウェーデンはイギリスの王室より古くて由緒あるんやで、とかゆうても数百年の単位、日本の皇室は千年単位やからね。エッヘン(笑)

で、いろいろ勉強してたら女性天皇、女系天皇の違いは恥ずかしながら知りませんでした。皇位は男系に限る、という伝統が二千年以上続いているからには、それを変えたらあかんわな。もうホンマにこれは理屈なんかないんや。男女平等が、とか女性差別や、とか言うのは、最終的には皇室を無くしたいと思うてる人の言うてることやと、それこそ理屈なしに直感で思います。

仮に愛子内親王殿下が女性天皇になることがあったとしても、その旦那さんの子供の男の子がその次の天皇になる、(つまりそれが女系天皇になるわけですが)そんなことはあり得へん、許されへんことやと思います。「愛子さんがかわいそう」なんて言うレベルの話とは全然ちゃいますね。

で、この前の有識者会議では「秋篠宮皇嗣殿下」にする方向で、と決まったらしいですね。ちょっと微妙に不安です。どうせマスゴミは秋篠宮皇嗣殿下と言わずにこれまで通り「秋篠宮さま」とお呼びするような気がするわ。「皇太弟」でええんとちゃうの?とも思いますけどね。

あ、それと。いろいろ勉強してたら、「天皇制」というのはもともとは左翼、共産党の言葉らしい。「天皇制打倒」みたいな、ね。まあ一言でゆうたら天皇のご存在は「制度」やないわね。憲法が規定しているなんて、あんた、70年前にできた日本国憲法か?120~130年前の大日本帝国憲法か?いやいや、そんなんができるはるか以前から皇室は続いて来たんです、の一言やな。

そういう意味では皇室典範は法律みたいに国民が決められるものと思うてるみたいやけど、人の家のしきたりをなんで他人が勝手に変えてええんや?という感覚もありやと思いますね。
2017/05/12

核武装?

北朝鮮の挑発が止まりません。ちょっとおとなしくなったと思たら今は田植え中やというウワサです。ホンマかいや。そんなんで核戦争なんてできるんかいな。不思議な国やなあ、まったく。

というわけで、日本は核武装せんでええんかいや、と日本人は普通に思わへんところがこれもまた不思議やねえ。と言うてるこの私も、実は恥ずかしながら以前までは、核武装なんてとんでもないと漠然と思うてた人でした。

さすがにいろんなことがわかってくると、この前のトランプさんの話やないけど、「あらゆる選択肢」を常に用意しとかんと危ないやんか!と思うようになりました。憲法をどうするかぐちゃぐちゃ議論してる間に核ミサイル撃ち込まれたらそれで終わりやんか!これは何も感情的に戦争を煽るとかの話やなくて、現実をちゃんと見ましょうということや。私かてちゃんと本もいっぱい読んだんやで。

右下の「私の読んだ本」にも載せましたけど、
兵頭二十八「日本人が知らない軍事学の常識」「日本の武器で滅びる中華人民共和国」、
北村淳「巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない」、
宮崎正弘「北朝鮮発! 「世界核戦争」の危機」「日本が在日米軍を買収し第七艦隊を吸収・合併する日」、
菅沼光弘「アメリカが今も恐れる 軍事大国ニッポン ―緊迫する東アジア核ミサイル防衛の真実」。

こういう本が最近はいっぱい出てきてるけど、軍事の話はほとんど新聞には載らへんなあ。テレビでは映像のインパクト狙いで出てくることはあるけどな。そういえばこないだ、日本学術会議が軍事研究はやめましょうという声明を出したというニュースがあったわ。日本の学術界を代表するおエラいさん方の集まりらしいけど、ほんまアホちゃうか。ネジ1本でも軍事に使われることもあるんやで。

インターネットかてもともとは軍事研究からできてきたもんやっちゅうのは常識やんか。もう先も長うないおエラいさん方、早ういんでんか。あんたらのタテマエに付き合わされて国民が危険に晒されるのんは、まっぴらごめんやわ。
2017/05/11

ヘイトスピーチ

ヘイトスピーチ法って「朝鮮人は国に帰れ」みたいなことを言われへんようにするために作られた法律やと思います。調べたら、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」が正式名称らしいで。去年(平成28年)の6月にできた新しい法律や。せやけど、罰則はない「理念法」らしい。

これをもとに各地方自治体が条例を作り始めてて、大阪市はもう早速、ネットに投稿されてる動画の削除を命じたらしい。報道では、「2013年に大阪市内であったデモや街宣を撮った動画3件。いずれも拡声器を用いるなどして在日韓国・朝鮮人を蔑称で呼んだり差別的な意味合いで昆虫にたとえたりして、社会からの排除を煽り脅迫するような呼びかけをしている。」ということらしい。

もともとヘイトスピーチって、在特会(在日特権を許さない市民の会)が街頭デモを盛んにしてたときに、何とかそれを封じ込めたいという思いで左翼の人らが働きかけてできたようです。せやから、よく言われるけど「朝鮮人、帰れ!」はあかんけど、「ヤンキー、ゴーホーム!」はひっかからへんとか。

まあそれは実際に裁判になったわけではないのでわからんけどな。実は何のことはない、役所にも警察にも裁判所にも韓国、朝鮮系の人らがけっこうおるらしくて、川崎なんかは最悪らしい。あ、大阪も多いけどな。

実際にあったこととして、昨年(平成28年)6月、川崎でデモを申請したら、ヘイトスピーチをする可能性があるから許可せえへんかったらしい。いやあ、これ、言論弾圧とちゃうん?その団体の過去の行状からして、ヘイトスピーチをする可能性が高いからって、まだ何にもゆうてへんやん!てな感じやで。

昔は左翼が「言論の自由を守れ」とか「権力の不当弾圧に抗議する」なんてやってたのに、ホンマおかしなことになってきてるなあ。
2017/05/10

フジテレビ

フジテレビの社長が辞めはるらしいね。視聴率低迷の責任を取って、やて。でも次の社長が13才も年上やなんて、まあどうでもええけど変な会社やなあ。私が学生やったころは、フジテレビはめっちゃおもろかったで。「面白くなければテレビじゃない」とかゆうて、えらい勢いもあったなあ。

まあテレビ番組の話はおいといて、私がいろいろ知り始めてめっちゃびっくりしたんは、テレビ局って、めっちゃ在日が多いという話や。それで別に悪いことせえへんかったらええんやけど、ネットではテレビ局がいっぱい悪さをしてる事はもう常識やな。いくつか挙げときます。タイトルそのままで検索したら、わんさか出てきます。

平成26年(2014年)の正月に、東京、表参道の建物の壁面に「謹賀新年 フジテレビ」という巨大ポスターが掲示されてんけど、その内容がめっちゃ異常やってん。地獄絵図みたいなんで、中央に閻魔さんがおるみたいなんやけど、その両脇に立つ人物が朝鮮の両班(やんばん)風の衣裳で、頭には黒い朝鮮帽をかぶってて、まわりには裸の男女が血の池に放り込まれたり火あぶりにされてるんや。

あと、昔朝鮮で使われてた拷問器具の首枷(くびかせ)を付けている罪人も描かれてます。朝鮮人が日本人を裁いてるようにしか見えへんわ。ホンマ気色悪いポスターで、これがなんで謹賀新年ポスターやねん、という感じやったわ。日本人の感覚ではこんなものは絶対ありえへんし、会社としてこんなポスターを許可してるということは、フジテレビの中に日本人を貶めようとしている朝鮮人が間違いなくおる、ということやんか?

平成20年(2008年)3月フジテレビの番組で、韓国のキム・ヨナに勝ってフィギュア世界女王になった浅田真央ちゃんにインタビューをしてんけど、その時にわざわざ真央ちゃんが転倒したときのシーンを等身大のパネルにして、目の前に置いてたんや。(このキム・ヨナの疑惑の話もいっぱいあるけど、それはまた今度)いやあ、これも日本人の感覚からしたらありえへんわな。

■ドラマ内小道具で小細工
平成25年(2013年)1月から3月まで放送されたテレビドラマ『最高の離婚』の中の登場人物の名前が「都並(つなみ)」で、差し出した名刺のメールアドレスが「tsunami-lucky(津波ラッキー)」やったとか。

平成28年(2016年)1月から3月まで放送されたテレビドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の中の病院の待合室のシーンで、「放射能科」という看板があった。あるとしたら「放射線科」やのに、わざわざ間違うか?て話。

平成23年(2011年)7月から9月まで放送されたテレビドラマ『それでも、生きていく』の中で、雑誌がゴミ箱に捨てられているシーンがあって、その雑誌の表紙に「JAP18」と書かれてた、と。18を朝鮮語で発音すると、「シッバル」「この野郎」とか「FUCK YOU」という意味やねんて。せやから「JAP18」は「クソ日本!」みたいな感じらしい。あーアホらし。

ちなみにこの雑誌の表紙には他にもいっぱい小細工がしてあって、それを作った「犯人」もネットでは特定されていて晒されたみたいやわ。もうどうでもええけど、そういう姑息ないたずらを公共の電波を使ってやることを許してるフジテレビ、ホンマ「クソ」やと思いますね。
私は大阪やから知らんかってんけど、平成23年(2011年)8月には、フジテレビ抗議デモっちゅうのんもあったらしいです。
2017/05/09

朝日新聞

前に一度、毎日新聞=変態新聞のことを書いたけど、そりゃあ、新聞ゆうたら朝日を抜かしたらあかんやろ、ということで朝日新聞のことを書きます。

私が子供の頃、家ではずっと朝日新聞を取ってました。天声人語は受験にも出る、と言うのはそんなに古い話ではないと思います、私らの時には今みたいにキャンペーン風にはしてへんかったし。あ、この前、本屋に行ったら天声人語を書き写す用紙(原稿用紙風?)みたいなんが売ってて、びっくりしたわ。まるで写経やんか。そんな有難いもんなんかいな(笑)。

で、私が就職して数年経ったとき、企業の人事の情報が大事やからと、上司とかにも言われて日経新聞に変えました。そして今は産経新聞に変えています。それは平成25年(2013年)12月に安倍ちゃんが靖国参拝をしたとき、産経以外の新聞がみな安倍ちゃん批判の大合唱だったからです。

私は別にいわゆる「安倍信者」でも何でもありませんが、如何にマスコミが中共(中国共産党)の間接的な支配を受けているかというのがわかって、ぞっとしたからです。大急ぎで契約変更した日、約束の時間をかなり遅れて来た販売所のおっちゃんが、「いやあ、今日だけで3件も他からの乗り換えがあったんですわ」と言ってたのでびっくりでしたが。まあ、かといって今、産経の論調なり記者のレベルをぜんぶ良いと認めているわけではありませんが。

話は戻って朝日新聞、さっき中共の話をしましたが、朝日新聞は人民日報と提携関係にあります。また、新華社の日本支局が朝日新聞の中に入っていたことがあります。(あ、NHKにはチャイナの中央電視台が入ってます)
で、今さら感はありますが、書いておきましょう。朝日新聞の罪状です。

■朝日新聞が「慰安婦に関する『吉田証言』」が「誤報」であったことを認めた。(平成26年)
・昭和57年(1982年)9月2日、朝日新聞は、吉田清治氏が戦時中「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」と発言したという報道を、裏付け取材もなく行いました。以後、朝日新聞はこの件に関して16回の記事を出しました。

・平成3年(1991年)5月22日には再び、この吉田清治氏の「自分は朝鮮半島で950人の女性を強制的に連行して慰安婦にした」との告白証言を大きく報道しました。

・これらに対して異を唱える人も多く、平成4年(1992年)には歴史家の秦郁彦氏が吉田証言への疑問を指摘していましたが、朝日新聞はこれをずっと無視してきました。また、済州島の地元のジャーナリストや古老らがそろって吉田証言を否定し、産経新聞がこの秦氏の調査結果を報じたこともありました。また、この「吉田証言」をもとに平成8年(1996年)国連人権委員会において出された「クマラスワミ報告」は、慰安婦の強制連行の誤解を国際社会に広める一因となりました。

・ここまで長年日本の評価を貶めておきながら朝日新聞は突然、平成26年(2014年)8月5日、6日に「吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。」「チェジュ島を再取材したが証言を裏付ける話は得られず、研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになった」という記事を出し、最初に出した記事から32年後に初めてその「誤報」を認めた。

ということです。
これははっきりゆうて、「誤報」やなくて結果的に「捏造」やと思いますけどね。あと朝日新聞はそれこそ、このことに関しては謝罪も賠償もしていません。

・なお、朝日新聞の慰安婦報道については植村隆という、元朝日新聞の記者が平成3年(1991年)8月11日と12月25日に元慰安婦とかいう金学順の記事を書いたことがあり、それについても多くの批判があります。この中で「慰安婦」と「女子挺身隊」の混同があり、これについては朝日側も間違いと認めてますが、それって、単にお粗末な報道やったというだけのことやと思います。

■朝日新聞サンゴ事件
平成元年(1989年)、沖縄県の西表島で朝日新聞社のカメラマン本田嘉郎が自作自演で珊瑚に落書きによる傷をつけ、その写真をもとに新聞記事を捏造した事件です。落書きの文字「K・Y」を取って、KY事件とも呼ばれています。

ついこないだも取材してもいない人の「インタビュー記事」をデジタル版に一時掲載した事件がありましたね。願望で記事を作ってもっともらしく流す、て、それ、報道機関とちゃうやん。捏造プロパガンダ機関やね。朝日新聞。ホンマに罪深いと思うわ。まだまだ凋落していくと思うなあ。
2017/05/08

在日特権

私はずっと大阪の人間やから、子供の頃からまわりには朝鮮人、韓国人はいっぱいいてはります。日本名の子がほとんどやったけど、私が中学、高校生ぐらいの時に、本名に誇りを持ちたい、とゆうて金、姜、孫とかの名前に変えた子もおったなあ。その子らの中には後になって逆に帰化して日本名になった子もおったわ。

あれ?、本名に誇りを、てゆうてたんとちゃうん?と複雑な気持ちになったことも確かです。でも当時は就職差別、結婚差別とかいろいろゆわれてて、部落差別問題もあったから、あんまり触れたくない話題やったことも確かです。私自身は「朝鮮人やから」とゆうて差別とかしたらあかん、と思うてたし、実際に友達もいっぱいいます。

ただ、国籍のことでその友達と突っ込んだ話をしたことはなかったなあ。親からはいつも余計なことは言わんとき、と言われてました。昔は部落や朝鮮人はとにかく怒らせたら怖い、というイメージがあったからなあ。あ、イメージやなくて、実際に暴力沙汰もあったからね。

高校生ぐらいになって少しだけ政治とかにも興味を持ち始めると、「これまで差別され虐げられてきた人たちが立ち上がって自分たちの権利の主張を始める」みたいなんがちょっとカッコええ、てな風潮が、わりとお勉強のできる人らの間であったような気がします。就職する頃にはもう差別なんかなくなってて、いい時代になったんやなあ、と勝手に思うてました。

でも、、、高度成長とバブルの時代が過ぎる頃、韓流ブームが起こり、同時に嫌韓ブームもあり、それでも私はどちらもあんまり関心がなかったし、本屋に並ぶどちらの側の本も、何かギスギスしてるなあ、と思ってました。

で、最近知ったのがこの「在日特権」です。確かに私の中高生時代にも「逆差別」という言葉はありました。差別を是正するための施策が逆に優遇になってしもたらおかしい、ということや。せやけどそれはかき消されてきてたんやね。でもとうとう、おかしすぎるやろ、ということと、「在特会」とかの活動でだんだんいろんなことが広まり始めたということやと思います。

「在日特権」をネットで見たら、なんぼでも出てきます。日本人は、困ったときはお互いさま、とゆうて互助の精神があるけど、ただひたすらタカリ続ける人たちがこんなにおって、それらが今やもうとんでもない金額になっていて、さらにそれが当然のことのように堂々と日本人に対して悪態をつき始めた、と。

もう絶対許されへんわ、ということで、私は今、こんなブログを書いています。

まあ、ずっと前からわかってた人からしたら、何を今頃言うとんねん、遅いわ、てなもんでしょうが、いやいや、まだまだマスコミではいろんな事を隠してるで。私らみたいなボンクラにも、もっともっと知らしめていかなあかんねや、と思う今日この頃です。
2017/05/07

日本国憲法、前文はコピペ

私がいろいろ勉強し始めてわかってきたことの中で、けっこうガッカリ?やったんがこの日本国憲法前文の話です。前に日本国憲法の3つの柱の話は書きましたが、以前は憲法というのは国の礎を定めたものやから、そらあ立派なものやろうな、と無意識的に感じていました。

ところがところが、、、。
まあ私は本はようさん読んでたから、そもそも憲法の文章って何か訳文調やなあと思てたことはありました。でも何とこの前文はほとんどがコピペやったんです。

ネットで拾ったものを「コピペ」します(笑)。
◆日本国憲法「日本国民は、われらとわれらの子孫のために、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、この憲法を確定する」
◇アメリカ合衆国憲法「われら合衆国国民は、われらとわれらの子孫のために、自由のもたらす恵沢を確保する目的で、アメリカ合衆国のために、この憲法を制定し、確定する」

◆日本国憲法「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」
◇テヘラン宣言「われらは、その国民がわれら三国国民とおなじく、専制と隷従、圧迫と偏狭を排除しようと努めている、大小すべての国家の協力と積極的参加を得ようと努める」

◆日本国憲法「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」
◇大西洋憲章「すべての国のすべての人間が、恐怖と欠乏から免かれ、その生命を全うすることを保障するような平和が確立されることを希望する」

何やこれ、デキの悪い学生のコピペ論文みたいやな。(実はこれ、駒沢大名誉教授の西修先生が、このことを書いてはりました)アメリカの憲法はわかるとして、テヘラン宣言は1943年の米英ソの首脳会談での宣言、大西洋憲章は1941年の米英の首脳の会談での宣言ということです。当時の格調高い歴史的な英語の文章をツギハギしたということやん。

で、さらに調べてたらこの前文、7段落あるんやけど、何とそのうち6つがコピペ、オリジナルは1つだけやねんて。
(引用元 https://ameblo.jp/free-and-obligation/entry-12270862638.html)

ベアテ・シロタ・ゴードンさんらがたった一週間かそこらでやっつけで作った憲法、それを日本人は後生大事に70年も、誤字さえ変更せずに使い続けてたというわけや。情けなさすぎるで、日本人!
2017/05/06

「海行かば」第二国歌

いろんな事を知り始めた私ですが、この「海行かば」の話も、知らずに恥ずかしかったことの一つです。タイトルは聞いたことがあったけど、古くさい軍歌か何かかな、ぐらいの認識やってん。いや、決して私はお勉強がでけへんかったんとちゃうで。本も好きやったし、素直やし、先生の言わはることはよう聞くちょっとした優等生やってんで。ホンマ教育ってこわいわ。

そういえば私のお父ちゃんは戦争中は学徒動員、お母ちゃんは学童疎開の世代。せやから、お母ちゃんなんか、生涯一度も英語を教わる機会がなかったらしい。それに、戦争後は食うていくのに精一杯で教科書なんかなかったから、中学の授業は焼け残った教科書のページを墨で黒く塗りつぶす毎日やったらしい。そんなことしてたら「ふん、教科書なんてええかげんなもんやなあ」と思うてしまうわな。

せやから、たぶん「海行かば」も私の両親は一時期、学校でもめっちゃ歌うてたはずやのに、私自身は歌の好きやったお母ちゃんが歌うのなんて、聞いたこともなかったわ。

で、ちょっと調べてみました。
曲は、昭和12年(1937年)に信時潔が作曲。大東亜戦争期、ラジオ放送で玉砕を伝える際に、必ず冒頭の曲として流されたそうです。まあいわゆる「戦意高揚」ということやね。
歌詞は、『万葉集』の中に入っている大伴家持(おおとものやかもち)の長歌から一部を採ったものだそうです。大伴家持は、代々天皇陛下にお仕えする家柄だったということです。

【歌詞】
海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 
山行かば 草生(くさむ)す屍 
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ 
かへ(え)りみは(わ)せじ 

【意味】
海を行くなら水に漬かる屍ともなろう
山を行くなら草の生える屍ともなろう
天皇陛下の足元にこそ死のう
決して後ろを振り向くことはない

恥ずかしながらこの年になって初めて歌詞を読んだとき、ええーって思たわ。
「屍」が2回出てくるし「辺にこそ死なめ」て、なんか怖いなあと。
もしこの歌詞を、私が中2の時に知ったら「何で天皇さんの横で死ななあかんねん」と思うたやろうと思います。

天皇陛下の足元というのは私らの日本の国そのものやと思うたらいいんですね。前に書きましたが、教育勅語の「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」の「皇運ヲ扶翼」というのは、自分たち日本国民の国を、自分たち自身で助け、守ろうという決意をゆうてるんやろうと思います。

話は戻るけど、この「海行かば」は、準国歌、第二国歌とも言われていたそうです。
あー知らなんだ、恥ずかし。
2017/05/05

中国、「支・那」、「シナ」

今の日本人の大多数は、隣の大陸の国のことを中国と呼んでいます。もちろん、私もそうでした。普通にみんながそう言うようになってしもてるのに、今さら「シナ」と呼ぼうとゆうても、かえって「なんで?」て言われそうに思います。
それでも、いろんなことがわかってくると自分だけでも正しく呼ぼう、と思い始めました。

ちゃんとよくできたサイトがあって、
「シナ(支・那)を「中国」と呼んではいけない三つの理由」
http://www.tamacom.com/~shigio/defend/chinaischina-j.html
ここに全部書いてありますけど、私なりにまとめてみました。

そもそも日本には昔から「中国」があるやんか。今ではわざわざ中国「地方」と言わせられてるけど、鳥取県・島根県・岡山県・広島県・山口県のことやね。これは古代、畿内を中心に各地を「近国」「中国」「遠国」に区別したのがどうもその起源らしい。
一方、隣の国の「中国」は、国名として出てくるのはなんぼ古うても、1912年に孫文を臨時大総統として成立した中華民国の略称やんか。
そして今の「中国」は「中華人民共和国」。英文表記は"People's Republic of China"。で、China(チャイナ)は古代の統一王朝、秦(しん)から来てるのはもう常識やんな。昔のインドの仏典に初めて「シナ」の記述が出てきて、それを支・那人は「支・那」の漢字を自分で当てた、というのが歴史的事実です。
ちなみに世界ではどう呼ばれてるかというと、
英語    China(チャイナ)
ドイツ語  China(ヒーナ)
オランダ語 China(シーナ)
フランス語 China(シーヌ)
イタリア語 Cina(チナ)
スペイン語 China(チナ)
ポルトガル語 China(シーナ)
ルーマニア語 China(シーナ)
チェコ語  Cina(チナ)
ギリシャ語 kive(キーナ)
ポーランド語 Chiny(チーニ)
トルコ語  Cin(チン)
アラビア語 (シーン)
ペルシャ語 Chinistan(シニスタン)
タイ語   (チン)
ラオス語  (チン)
カンボジア語(チャン)
マレー語  China(チャイナ)
タガログ語 Tsina(ツィナ)
インドネシア語 Cina(ツイナ)
ネパール語 (チン)
チベット語 (ギャナー)
ロシア語  (キターイ)
モンゴル語 (ヒャタドゥ)
韓国語   (チュングク)
(引用元:正しい日本の歴史 http://rekisi.amjt.net/、「China を『中国』と呼ぶ重大な過ち」中嶋嶺雄(WiLL 2006年9月号)他)

ここに「日本語 チュウゴク」と書き加えたら、あ、何と韓国といっしょやん!というか、漢字圏だけの言い方、ということなんやね。

で、何で「中国」があかんのかと言うと、戦後間もない昭和21年6月、まだ日本がGHQの支配下にあるときに、わざわざチャイナの政府が「支・那」を使うな!とゆうてきたからやねん。それで日本の外務省が「今後は理屈を抜きにして先方の嫌がる文字を使わぬ様にしたいと考え」て通達を出して「支・那」を禁止にしたということやねん。えー、「理屈を抜きに」て、わざわざ言う通達なんてあるんかいな、ほんま害務省やな。

「中華思想」で調べたらわかりますけど、昔からチャイナは自分の国が世界の中心で、四方には野蛮な民族、東夷(とうい)西戎(せいじゅう)南蛮(なんばん)北狄(ほくてき)がおる、という思想やったと。「中国」はその真ん中やで、と。つまりは「中国」は尊称になるわけや。

これ、儒教圏の国ではめっちゃ大事なことらしいで。彼らには上か下か、しかないから、隋の煬帝が聖徳太子の「日出る処の天子、書を没する処の天子に致す」の手紙に激怒したんは、天子というのは世界に一人しかおらへんのに、何でお前と対等にならなあかんねん、ということやったらしい。

聖徳太子がせっかく隣の大国にも対等に、堂々と渡り合おうとしてくれてはったのに、何で現代の私らがわざわざ「中国」とゆうてあげて、へりくだらなあかんねんや?あ、戦争に負けたからか?まあ、そういうことですね。

あ、それと「支・那」は蔑称や、差別語や、と言わはる人もおるけどそれも間違いやで。さっき出てた「国父」の孫文が自分で「支・那」を使ってたんやで。実は当の「支・那」人でさえ他に言いようがないので、それが一番適切やった、ということや。

せやから結論を言うと、「中国」と呼ぶことを認めることは、日本がチャイナの属国、冊封国であることを認めるということやねん。
まあそこら辺から意識をしっかり持たんと私らはこれからも「中国」様にやられっ放しになってしまうと思うで。
2017/05/04

第三国人

石原慎太郎さんが少し前に「三国人」という言葉を使ってずいぶん叩かれたことがありました。今回、少し調べてみたら、石原さんは何と都知事時代の平成12年(2000年)に陸上自衛隊練馬駐屯地創隊記念式典でこの言葉を使いはったそうです。あれからえらい経つけど、全然変わってへんとも言えるし、だいぶ潮目が変わってきてるんかな?と思うこともあります。

ネットで調べたらなんぼでも出てきます。
この場所が自衛隊やった、というのもかなり意味深いと思います。
私が読んでるブログの「ねずさんのひとりごと」に拡散希望で出ていますので、画像以外をコピペさせていただきます。

【以下コピペです】(長いです)
以下は、Youtubuにアップされている動画にあるテキストです。
このことは日本人全員が過去の事実として知っておくべきことです。
みなさんの手による拡散を希望します。
~~~~~~~~~~~~
「在日のタブー、朝鮮進駐軍」
※「朝鮮進駐軍(ちょうせんしんちゅうぐん)」とは。
在日朝鮮人は日本と戦争をした事実は無いにもかかわらず、終戦と同時に「朝鮮進駐軍」を自称し、日本各地において婦女暴行、暴行、略奪、警察署の襲撃、土地・建物の不法占拠、鉄道の不法乗車等、横暴の限りを尽くした。
●終戦後 「朝鮮進駐軍」武装部隊が首相官邸襲撃●
------------
「朝鮮進駐軍」部隊2000人による「首相官邸襲撃事件」が1946年起きた。
約2000人 の在日朝鮮人「朝鮮進駐軍」部隊が完全武装して首相官邸に突入。
日本の警官隊は当時武器の所持は禁じられていため、米軍憲兵隊に応援を頼んだ。
そこで米軍憲兵隊と「朝鮮進駐軍」との間で大銃撃戦闘へと発展した。
戦後の在日朝鮮人は、なんの国際法上の地位もないにも関わらず、勝手に自分たちを「戦勝国民である朝鮮進駐軍」であると詐称し、三万人もの武装集団となって全国主要都市に出現し暴れまくった。
在日朝鮮人集団は、武装解除された日本軍の武器と軍服を盗用して武装し、勝手に「朝鮮進駐軍」と名乗り、無差別に多くの日本人市民を殺害した。
GHQの 記録に残っているだけでも四千人以上の殺害記録が残されている。
戦後の治安が整っていない空白を良いことに、「朝鮮進駐軍」と名乗った在日朝鮮人は、土地の不法略奪、金品略奪、強姦、銀行襲撃、殺略、警察襲撃など暴れ放題の限りを尽くした。 
「朝鮮進駐軍」と名乗る暴徒たちは、個々に部隊名を名乗り、各地で縄張りを作り暴れた。
これら「朝鮮進駐軍」 元締め組織が「朝鮮総連」、ヤクザなどになっていった。 
国有地も、都心駅前一等地周辺も、軒並み不法占拠した。そしてそのまま、パチ ンコ屋、飲み屋、風俗店等々が出現し、そのまま彼らの土地として登記され現在に至っている。 
農家、農協倉庫を襲い、貨車を襲撃、商店街、国の食料倉庫も襲い、食料や商品を根こそぎ 奪って行き、それらは全て戦後の闇市で売りさばき、暴利で財を成したのは彼らであった。 
財を成したのは彼らは分派し、政治組織として社会主義、共産主義組織へと発展し、政界にも進んだ。
「朝鮮進駐軍」と名乗る在日朝鮮人暴徒たちは、通りすがりの市民に言いがかりをつけ集団暴行をはたらく。無銭飲食は当たり前、白昼に目に付いた婦女子を路上で集団強姦するなどを、日常茶飯事に繰り返した。
在日朝鮮人は「朝鮮進駐軍」部隊と名乗り、武装して、町をのし歩いた。
彼らは闇市を掌握して巨大な利益をあげ、徒党を組んでは瓦礫と焦土の神戸の街を闊歩した。
腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器を振り回しては、手当たり次第に日本人を殺傷、暴行し、略奪の限りを尽くした。 
通りすがりの通行人の目つきが気に入らぬといっては難くせをつけ、無銭飲食をし、白昼の路上で婦女子にいたずらをした。
善良な市民は恐怖のドン底に叩き込まれた。
こうした不良分子は旧日本軍の陸海軍の飛行服を好んで身につけていた。
袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首にまきつけ、肩で風を切って街をのし歩いた。
警官が駆けつけても手も足もでない。
終戦後の警官が、一切の銃器の所持が許されていなかったのをよいことにして、
「おれたちは戦勝国民だ。敗戦国の日本人がなにをいうか」
と、丸腰警官を殴り、ド突き回し、警備用の木刀や飾りのサーベルをヘシ曲げた。
戦後当時の「朝鮮進駐軍」は今日の朝鮮総連本部である。

【昭和26年03月22日衆議院法務委員会】
【押谷委員】
お尋ねをいたしますことは、昨朝起りました朝鮮人による米兵に対する暴行事件であります。
昨二十一日の午前三時半ごろに、浅草の千束町の朝鮮マーケット附近におきまして、六名の米兵が多数の鮮人に取囲まれまして、集団的に暴力を加えられて、一名は死亡する、二名は負傷する、自動車も破壞されるというような不祥事を起したのでありますが、わが国の講和を前に控えて、今日日本の置かれたる国際的地位などから考え、この時期を思いまするときに、まことに遺憾しごくな事件だと考えます。 

終戦後の第三国人どもは本当に酷かった。軍の兵器を盗んで来たらしく、三八式歩兵銃や南部式拳銃で武装し、小銃には着剣して強盗強姦傷害恐喝脅迫不動産窃盗、時には殺人まで、経済犯、実力犯を中心にあらゆる悪事を重ねていた。
銀座、浅草、新宿は朝鮮人、新橋、渋谷は台湾人に支配され、政府も警察も動揺し、手を拱いていた。戦勝国民は治外法権だったのである。
だから食管法に限らず、戦勝国民には日本法を適用出来なかった。服部時計店や白木屋も米軍の酒歩(PX)に接収され、そこへ行けば食料に限らず物資は山ほどあった。日本人は買えなかったが。
そうした情勢に便乗し、朝鮮人は戦勝国民だの「朝鮮進駐軍」を僭称して堂々と闇商売を行い、派手に稼いでいた。
そりゃ儲かるだろう。警察の検問を竹槍日本刀を振り回して強行突破したのだから(さすがに銃撃戦は挑まなかった模様)。
当時は物不足で、売る方は素人でも出来た。
仕入れこそ難しかった。
彼等は日本人露天商を襲って商品を奪う。
それで警察が黙認して捕まえないのだから、こりゃあ損のしようが無い。
警察が襲撃されることしきりで、署長が叩きのめされたり、
捜査主任が手錠を賭けられ半殺しにされるぐらいは珍しからず。
上野で朝鮮人経営の焼肉屋へ国税局査察部が査察に行った際、大金庫を開けて手を入れた瞬間を狙って二十人ぐらいで一斉に金庫の扉を押したものだから査察官は腕を切断されてしまった。
当時は警察署が襲撃される事が珍しくなく、第三国人の襲来によって犯人を奪還された富坂警察署事件、ついでに警官が殺された渋谷警察署事件、共産党が大群で警察署を包囲し外部との連絡を遮断「攻城戦」に出た平警察署事件等、枚挙に暇有りませんでした。
東京東部(すなはち大東京の中心地)北郊の荒川、古利根-中川、江戸川、利根川流域の牛は皆いなくなった。
当時、あの辺は畜力として農耕牛を使っていたが、深夜、不良朝鮮人が侵入して来て盗み出し、河原へひいて行って屠殺した。牛はモウと言って泣いたので皆気付いたが、銃砲刀剣で武装しているので追う訳には行かなかった。
永年愛育し、慈しんで来た牛が悲しそうに泣きながらズルズル引き出され殺されるのを傍観するのは無念で耐え難かったが、手向へば殺されるのでどうにも出来なかった。
そうして利根川水系流域一帯の牛は皆、不良朝鮮人に盗まれ、殺され、闇市で売られた。
この辺へも、新聞紙に包んだ肉塊を売りに来たものだ。
上流で屠殺した牛を、そのまま下流へ売りに来たのだろう。
かくて南関東から、牛はいなくなった。
家/畜相手ならまだしも、人間に対しても、関東以西の大都市を中心に、日本中に灰神楽が立つような勢で数多犯罪を重ねた。
川崎、浜松、大阪、神戸などが酷かった。その最も著しい象徴的事例に、元文部大臣、後の首相・鳩山一郎氏に対する集団暴行・傷害事件がある。
翁が軽井沢の静養先から帰京しようとして信越本線の汽車に乗っていたら、例の「朝鮮進駐軍」が後から大勢、切符も買はず、鉄道員を突き飛ばし押入って来て、
「俺達は戦勝国民だ、おまえら被支配者の敗戦国民が座って支配者様を立たせるとは生意気だ、この車両は朝鮮進駐軍が接収するから全員立って他の車両へ移動しろ、愚図愚図するな!」と追い立てた。
それで鳩山氏が、我々はきちんと切符を買って座っているのにそりゃおかしい、と一乗客として穏やかに抗議したら、たちまち大勢飛び掛かって袋叩きにし、鳩山翁を半殺しにした。
幸にして重体にも重傷にも至らなかったが、頭部裂傷だか顔面挫傷だか忘れたが、血に塗れ腫れ上がった痛々しい顔で帰京した。
年老いた祖父を理不尽に叩きのめされて怨まぬ孫も有るまい、いかに不出来な孫にせよ。
孫共はこれを知らんのだろう。
直後に総理大臣に成る程の大物でもかくのごとし。
いわんや庶民におては 土地も屋敷も物資も操も、奪い放題であった。
闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、ことには、空襲や疎開で一時的に空いている土地が片端から強奪された。
今、朝鮮人が駅前の一等地でパチ/ンコ屋や焼肉屋を営業しているのは、皆、あの時奪った被災者の土地だ。
それでも警察は手が出せなかった。
歴代首相大臣等が絞首刑になって行く状況で、警察ごときに何が出来よう。
ある日、警察は何月何日を以て廃止す、再び登庁するを許さず、と命ぜられれば、それ切り警察は消滅する。
七百万の大軍を擁した彼の帝国陸海軍ですら、左様にして両総長両大臣以下、自然廃官になった。まこと敗戦は悲しからずや。
たまりかねた警察が密かにやくざに頼み込み「浜松大戦争」になった訳だが、「小戦争」は日本中に頻発した。
最後の頼みの綱は連合国軍であったが、遂にはその憲兵隊でも手に負へぬ非常事態に立ち至った。
それでさすがに米軍も腹に据えかね、日本本土全域の占領を担当していた米第八軍司令官アイケルバーガー中将が、関東と言はず関西と言はず、はたまた北九州と言はず、不良朝鮮人活動地域に正規戦闘部隊の大軍を出動させ、街頭に布陣して簡易陣地を築き、重装甲車両を並べ、人の背丈程に大きな重機関銃を構へて不良朝鮮人共にピタリと狙いをつけ、ようやく鎮圧した。我々はその火器のきらめきを間近に見た。
この時、連合軍総司令官ダグラス・マッカーサー元帥の発した布告が、
「朝鮮人等は戦勝国民に非ず、第三国人なり」
と言い声名で、これぞ「第三国人」なる語のおこりである。
だから、外国人差別用語なはずは無い。
彼等自身、マッカーサー元帥以下、一人残らず皆、外国人ではないか。
連合国軍総司令官は、日本人に対してこそ絶大な権勢を振ったが、本国や同盟国、対日理事会や極東委員会に気を使わねばならぬ外交センスの要る役職であった。
何人にもせよ、敗戦国民以外を、声名発してまで差別なんぞする筈が無い。
「第三国人」の語は、国際法に則って説いた技術的専門用語に過ぎない。
終戦後の朝鮮人の横暴は目に余るものであった。
東京のど真ん中、銀座の交番に於いてさえ、朝鮮人を注意した巡査が複数の朝鮮人の襲撃を受け裸にされ警棒を尻に突っ込まれると言う乱暴を受けた。
当時の日本警察は拳銃の携帯が許されておらず、朝鮮人の横暴を止められなかった為、政府はマッカーサーに請願した。
これを受けて述べたのが、マッカーサーの
「朝鮮人は戦勝国ではない第三者だ」と言う三国人発言である。
1950年にGHQは日本占領を終結し、解放し、実質的に戦後は終わったとされています。
その際に朝鮮人は日本籍を剥奪され、韓国籍として朝鮮に帰れと命令しました。
不要の朝鮮学校と民団総連も廃止し解散請求しました。
すると在日朝鮮人は、なにを履き違えたか
「我々は先勝国民であり日本を統治する立場だ」と叫びだし、革命を叫んで、公共施設の不法占拠し火炎瓶や武器で武装して決起したのです。
警察も拳銃で対抗し射殺された人もでました
警察では対処できなくなり、GHQは軍隊の動員をして戦後初の戒厳令を敷いて朝鮮人による暴動を平定しました。
この戦後初の戒厳令が敷かれた朝鮮人動乱(正式名がない)事件は、日本の歴史からスッポリ抜けています。
死人も出ている事件なのに、日本の教科書には掲載されたことはありません。(日本各地で勃発しました、栃木や浅草などは戦場状態です)
逆に朝鮮民族学校の教科書には差別と弾圧として掲載され教育されています。
勿論、被害者側としてであり、立ち上がったのは国籍条項と朝鮮民族学校の廃校に対する
抗議としてであると述べています。
日本人として、在日朝鮮人への危機感は常に持つべきですね。
言っておくが日本国内だけではない。
朝鮮半島を朝鮮を近代化させて、恩あるはずの我ら先人の日本人を集団で襲って、強姦強盗不動産窃盗と悪の限りを尽したのを皆忘れてしまったのか。
多くの日本人は、朝鮮人に襲われ、無念にも命を落とし、帰れなかった人は数知れない。
彼らの悔しさを思うと、日本人の敵朝鮮人に参政権という言葉は決して出てこないはずである。
このことを誰も伝えようとしないが、事実は決して消える物ではない。
朝鮮人の日本人に対する犯罪は、触れては成らない理由があるのか不思議な日本人達だ。