FC2ブログ
2018/02/17

財務省が日本を滅ぼす その2「国の借金」のウソ

頷く小
 昨日の続きです。
 財務省は定期的にというか、事あるごとに「国の借金が1000兆円を超えている!このままでは日本は財政破綻する!」「日本の借金は国民一人当たり830万円!」という話をマスコミに流します。何の自覚もなく、自分で調べることもせえへん日本のマスゴミの記者は、それをそのまま新聞に載せます。これは程度の差はあっても、右も左も関係ありません。
 昨日書いた三橋貴明さんの『財務省が日本を滅ぼす』でなくても、この「国の借金」「財政破綻」がウソ、デマやと言う本はなんぼでもあります。でもこの本からもう一度確認しときます。
 「国の借金」は曖昧な言い方で、正しくは「政府の負債」。三橋さんはもともと中小企業診断士、いわゆる貸借対照表はお手のもので、この「負債」だけを強調するのはおかしい、と。(あ、国のバランスシートを昔の大蔵省で初めて作ったのは高橋洋一さんで、こんなものは簿記の知識があれば簡単に作れるらしい。)平成28年3月末で見ると、確かに表の右側の負債は1193兆円。でも左の資産は672兆円。それやったら普通は差し引きは520兆円やね。さらに「負債」の中の「公債」「政府短期証券」のうち、500兆円は日本銀行が保有してると。日銀は政府の子会社みたいなもんやから、実質この500兆円は民間の会社でゆうたら連結決算で、相殺されてしまう、と。何やそれ、どこが借金やねん、てな話ですね。
 そもそも国家の財政を家計にたとえることが大きなごまかしやねん。ウチもまだマンションのローンも残ってるし、車も買い換えてしもたわ。そもそも住宅ローンは生命保険と引き換えやし、車のローンにしても返済可能な額までしか組まれへんわな。それに比べて政府は永続するもんやからお金は永遠に借り換えることができるんや。しかもいざとなったら国はお金を発行できるんや。つまり「国の借金」で「財政破綻する」という話はあり得へん、ということやねん。そこまでして財務省がウソを放置してるのは、とにかく消費税を上げたい、ということです。念のため調べてたら高橋洋一さんの記事がありました。これ、何回か読んでますけどわかりやすいです。しかももう2年以上も前の記事です。いつまで国民は財務省に騙されたままなんかな、と悲しいなりますわ。上の記事の一部をコピペしときます。
<こう考えてみると、財務省が借金1000兆円と言い、「だから消費増税が必要」と国民に迫るのは、前提が間違っているので暴力的な脅しでしかない。実質的に借金は150~200兆円程度、GDP比で30~40%程度だろう。ちなみに、アメリカ、イギリスで、中央銀行と連結したネット国債をGDP比でみよう。アメリカで80%、65%、イギリスは80%、60%程度である。これを見ると、日本の財政問題が大変ですぐにでも破綻するという意見の滑稽さがわかるだろう。
2018/02/16

財務省が日本を滅ぼす、ホンマや。

財務省が日本を滅ぼす 
 読みましたよ。「財務省が日本を滅ぼす」三橋貴明。
 まあこれはタイトルが刺激的で、こんなん出したらすぐに三橋さんとこに国税が調査に入るんやろなあと私も思うて、本人もこれから先、三橋の身に何か起こるとしたらそれはこの本が原因かも、なんて言ってて、しかもこの本を出してすぐに、安倍ちゃんと会食までしてこの本を謹呈した写真までブログに上げてたのに、何のことはない、自分で事件を起こしはって逮捕されてしもて、えらいカッコ悪い話でした。
 まあそれは反省してはるみたいやから置いといて、あ、そうそう、国税が入るという話、実際、平成23(2011)年の民主党の野田政権当時、消費税増税反対の論調を続けていた中日新聞(東京新聞)に対して名古屋国税局と東京国税局を中心とした大規模な税務調査が入ったことがこの本にも紹介されてます。国税に入られると、もう仕事にならんそうですわ。脱税はあかんやろうけど、まあ形を変えた暴力やね。ホンマに。財務省、国税。
 で、まあ三橋さんみたいな人がずう~っと言い続けてくれたからようやく最近は、どうも財務省があかんのとちゃうか、と言われ始めてきているようやけど、まだまだこいつらは力持ってて、その仕組みについても書いてはります。財務省は今でも平気で「国の借金は1000兆円を超えている、このままだと日本は財政破綻する」などというデマをばらまいてます。実はこの論理はウソやとわかってる人は以前からちゃんとおって、吉川洋さんという、平成11(1999)年に東京大学の教授やった人は、当時出しはった『転換期の日本経済』という本の中で、
<・・・どのようなシステムを設計するかではなく、ともかく財政赤字を抑制するためには数字の上でどのようなことがなされなければならないか、という議論が先行してきた。そのために・・略・・社会保障を抑制しないと日本経済が『破局』をむかえるというプロパガンダが使われてきた>と、めっちゃ正しいことを書いてはるねん。ほら、「プロパガンダ」てゆうてはったんやで。
 ところが何と同じ人がその後、国の財政制度審議会の会長になって「財政健全化」をめざせ、とゆうたり、さらにその後は内閣府の「景気動向指数研究会」の座長になって(平成26(2014)年度の消費増税後も)「景気は拡張を続けている」と事実とは逆のことをゆうてみたりとかしてるらしい。まるで真逆のことを平気で言うこの人って、いったい何なん?「厚顔無恥の曲学阿世の徒」とゆうんやね、こういうのを。おカネと地位をもろうて、事実に反することを平気で言う、と。
 で、他にもいわゆる「御用学者」や財界人を並べてくれてはります。平成26(2014)年の消費増税に諸手を挙げて賛成した人たちです。伊藤元重、岡本圀衛、武田洋子、土居丈朗、、、。消費税は上げなければならない、上げても景気の落ち込みは大したことがない、とか、、、。ようそんな無責任なことが言えるなあ。結局はやっぱり景気が悪うなって、自殺者がまた増えてしもうたんやで。それでもこの人らは平気やねんな。心の底から軽蔑しますわ。こんな人たち。
2018/02/15

どこの国の新聞や!朝日新聞!<今日の社説>

自転車小
 ちょっとドタバタしてて、更新が遅れてしまいましたわ。ほんで「保守速報」見てたら卒倒しそうになったんで、今日はこれだけ。
 今日の朝日新聞の社説からです。
<2022年度から実施される高校の学習指導要領の改訂案は、木に竹を接いだような内容だ。>
<「地理歴史」の目標にも「日本国民としての自覚、我が国の国土や歴史に対する愛情」を深める、と明記された。国際協調の大切さにも言及してはいる。しかし、いまの指導要領の「良識ある公民として必要な能力や態度を育てる」といった記述に比べると、かなり踏み込んだ表現である。>
<領土問題に関する書きぶりを見ても、たとえば「尖閣諸島は我が国の固有の領土であり、領土問題は存在しないことも扱うこと」などとなっている。政府見解を知識として生徒に伝えることは大切だ。だが「これを正解として教え込め」という趣旨なら賛成できない。相手の主張やその根拠を知らなければ、対話も論争も成り立たない。他者と対話・協働して課題を解決する。それが新指導要領の理念ではなかったか。>
<いま、政権批判や在日外国人の存在そのものを「反日」と決めつける風潮がはびこる。それだけに、日本の立場をひたすら強調する方向での記述の変更には、危うさを覚える。>
 いやあ、もういよいよ朝日新聞はあかんのとちゃいますか?どう考えても日本人が書いてるとは思えんわ。日本国民の自覚なんていらん、尖閣諸島問題は話し合え、反日、なんてゆうたらあかん、、、て。
 中共様や北朝鮮様のご機嫌を損ねることはゆうたらあかん、もう日本が嫌いで嫌いでしゃーない、みたいな人が書いてるとしか思えんわ。まあ保守速報のコメント欄にはいっぱい書かれてますけどね。

2018/02/14

神道は日本人の生き方、考え方

走る小
 またまた昨日の続きです。『日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか』山村明義。
 昨日までの話ではまだまだこの山村さんの本の神髄に迫ってないからです(笑)。
 神道の基本思想は「和」。日本では正月は神社に参り、お盆と葬式は仏教式、でもクリスマスやハロウィンも盛大にお祝いする。そんなところは外国人は理解できないそうです。日本人にもようわかりませんね。神道には「宗教」の条件である「教義」「教組」「経典」がないのだから、実はこれは「宗教」ではないのだと言うてはります。だから日本人は神々と人間が調和できるんやと。うんうん、それはようわかりますね。で、外国人の神主さんがいることや、外国人が自分の国に神社を建てた例を書いてはります。駐日サンマリノ共和国大使のマンリオ・カデロさんという人です。母国サンマリノに、天照大御神を御祭神とするサンマリノ神社を2014年に建てはったそうです。びっくりやね。カデロさんは、これは神道が宗教ではないからできたこと、と言うてはるそうです。
 あと、ユダヤ教、キリスト教の共通の最高神はヤハウェというてこの神様は自分で自分のことを「ねたむ神」やと言うてるそうです。だから、他の神を拝んだらあかんのやそうです。神道は最初から八百万の神やから、どの神様を拝んでもええんやからね。
 あと、細かい話やけど、最近ガタガタになってしもた東芝の話があります。超優良企業やったはずの東芝の創業は、江戸時代末期に久留米の鼈甲の職人から、からくり人形師になって「万年時計」を作った田中久重さんが建てた田中製造所が元やそうです。で、この田中氏がずっと参拝してはった地元の櫛原天満宮の宮司さんに山村さんが聞いたところ「ここ最近、田中製造所から発展した東芝の役員はおろか、社員もまったく参拝しなくなった」そうです。ふうん、さもありなん、てな話やね。
 あと、モノを知らん私は、こないだ20年ぶりかで爪切りを買うたときに「関の孫六」というブランド名を知りました。この「関鍛冶」の守護神が岐阜県の美濃にある春日神社やそうです。美濃地方は昔から鉄鉱、アマルガムの産地です。で、この関氏は大和から移ってきた由緒ある人たちで藤原家、中臣鎌足にまでさかのぼれるそうです。で、この美濃から尾張にかけての地域には、「金属の神」、その代表格が「金山比古命(かなやまひこのみこと)」「金山比売命(かなやまひめのみこと)」で、この神々はなんとトヨタの主祭神なんだそうです。トヨタ本社内には豊興神社が鎮座し、毎年創業者である豊田家など役員が参拝するのだとか。「現代においてもこの『鉄神』たちは、生き続け、世界に冠たる日本の伝統文化を支える大きな精神性となっているのです。」と書いてはります。
2018/02/13

国家神道?

指差し小
  昨日の話の続きです。『日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか』山村明義。
 私らの年代は、もともとの日本の宗教は未熟で、仏教が伝来するまでは日本は八百万の神を信じてたわけやから、これは「アニミズム」、遅れた原始宗教なんや、というニュアンスで教えられたように思います。で、じっさいこれは何も戦後の自虐史観とかではのうて、幕末、明治維新の頃に日本にやってきた欧米の文化人類学者が「日本の神道は遅れている」というレッテル貼りをしてキリスト教を広めようとしてたそうです。でも結局よく調べてみると、神道には精緻な祭祀と組織があったため、日本の神道は未開な宗教ではないと認めていたそうです。
 あとよく言われるのが、戦前は軍部が「国家神道」として国民を教化したんや、せやから神道は国民を戦争に駆り立てるものやったんや、という話。これもウソですね。実は明治政府は慶応4年に天皇の権威を国民に広めるために「神祇官」再興の布告を出し、神仏分離令を出して、これまでずっと行われていた神仏習合を否定したんやそうです。ところが結局国民の大反発に遭って、わずか4年後に神祇官は廃止されたそうです。つまり、国家神道なんて、そもそも最初から日本人は受け入れてはいなかったということですね。あーあ、また私らがウソを教えられてきてたことが一つ増えたわ。
 で、ここから山村さんの話は続きます。そもそも国家神道というなら、国から全国の神社にお金が渡ってたはずやけど、それはなかった、と。また欧米なんかを見ると、国教となった場合は神様は一つにせなあかんはずやけど、そもそも日本全国にある神社の神様は多すぎて、一つにまとめられるわけがない、と。そしたら実はこの神道というのは「宗教」とは違うものなんとちゃうか、ということです。大いにナットクですね。
 さらに、神道的な考え方を紹介して、自分の身辺をいつもきれいにしておくこと、それは人間関係のコミュニケーションも日ごろからちゃんと取っておくことも意味していて、それが「禊ぎ」。そしてトラブルが起こった時にはきちんとトラブルの原因を割り出して、トラブルそのものをリセットするという「祓え」。この「禊ぎ」「祓え」の精神は現代でも通用するのではないか?と言うてはります。まあ、ある意味人間が生きていく上で当たり前のことを言うてるように思います。つまり、神道とは、日本人の生き方、考え方そのものなんや、ということやそうです。うん、たしかに日本的やわ。そこに後から来た仏教も、良いところはしっかり取り入れて自分らのものにしてきた、ということやね。
2018/02/12

『日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか』山村明義

日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか 

 読みましたよ。『日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか』山村明義。
 恥ずかしい話やねんけど、私の実家は仏壇も神棚もなかってん。お父ちゃんとお母ちゃんは5男と8女、戦争中は学徒動員と集団疎開、お母ちゃんは戦争が後わってからの授業では教科書に墨を塗ることから始めたという世代やってん。戦後教育どっぷりやから神も仏もあらへんわなあ(笑)。もちろん、おじいちゃん、おばあちゃんの家とかおじさん、おばさんの家には仏壇はありましたよ。まあご気楽な夫婦やったんですわ。で、何が言いたいんかというと、そもそも私らは学校では神道について習うことがないということですね。
 この本を読んで何となくわからんかったことがようわかりました。そもそも神道、神社を一つの宗教として見ることはおかしい。創価学会やら幸福の科学やらと同じ宗教法人なんか?そんなアホな!あ、別にその二つがどうこう言うつもりはありませんけど、いっしょにせんとってほしいですね。山村さんは何度も言わはります。神道は日本人の生活、文化、習慣そのものなんやと。早い話が日本人の習慣、「いただきます」がそうでしょう。日本人は神さまはどこにでもいてはると思える。八百万の神ですね。そういえばちょっと前に「トイレの神様」という歌が流行りましたね。どこにでも、何にでも神様を作りたがる日本人の気持ち、とても自然に理解できますね。
 で、この本の中からちょっと。
 今話題の大相撲、これは神事やとよう言われますけど、その通りですね。「力水」や「四股」にも意味があり、土俵上でガッツポーズはしたらあかんとかもありますね。ただびっくりしたのは、大相撲本場所が始まる前日に行われる「土俵祭」にお招きする神様が、戦前と戦後では替わってしもたということやそうです。戦前の相撲祝詞(のりと)では、「我が国の相撲は神代より始まり、、、」とゆうて、天神七代、地神五代を土俵にお祀りしていたのに、戦後は22代木村庄之助さんが、「相撲三神」に変えはったそうです。当時、GHQが色んなアホなことをしてて、柔道や剣道も禁止されてたから、予防的に、アメリカ人にわかりやすいように説明しやすい神様に変えたんやそうです。ふうん。その頃の日本人はそれこそ文字通り、生き延びることに精一杯やったから簡単に批判はでけへんけど、残念なことやなあと思いました。相撲はスポーツやのうて、神事やと。今の日本人、ナットクできるかな?
2018/02/11

奉祝 紀元節

旗日紀元節
 今日は「建国記念の日」。国旗は掲揚しましたか?
 日本国の初代天皇、神武天皇が即位された日、ということですね。旧暦の紀元前660年1月1日に 即位しはったということやから、明治になって新暦に換算したらこの2月11日になるということで、明治6(1873)年に「紀元節」と決められた、というのは何となく知ってたけど、何と戦後、昭和23(1948)年にGHQに廃止させられてたというのんは知らんかったわ。復活したのは昭和41(1966)年ということです。
 ついでに書いとくけど、ウィキペディアにはご丁寧に「なお、神武天皇は、古事記では137歳、日本書紀では127歳まで生存したとあるが、現在の歴史学では、考古学上の確証が提示されていないこと、また古事記や日本書紀のその神話的な内容から、神武天皇が実在した人物かも含めて、その筋書きをそのままの史実であるとは考えられていない。」と、書いてあります。何としてでも日本を貶めたいという意図がありありですけど、その時代、お米は二期作でお米が穫れるごとに1年と数えてたから辻褄は合うんやて。日本全国にそれと思われる史跡やら伝承、言い伝えがあり、日本書紀にはそれらをいちいち「一書に曰く」として紹介し、色んな説があることをもちゃんと書かれてるんや。まあ日本が嫌いで嫌いでしゃーない人らがこの国の中にまだいっぱいいてはるからね。大学の中にも。アタマ痛いわ。
 あ、話がそれた。で、GHQが廃止させた「紀元節」は、本来なら一応日本が独立を回復したサンフランシスコ講和条約成立と同時に復活させるべきやってんやろうけど、国会では野党がうじゃうじゃと色んな案を出して別の日にしようとしてたみたいですね。まあ「日本は天皇がしらす(領らす)国」という根本が敗戦で抜かれてしもたからそうなってんやろうけど、保守の人たちは苦労しはって、何とかこの日に定めることができた、と。でも建国記念「の」日やで。「の」が大事らしい。あっちの人たちにとっては。もうさっさと「紀元節」「天長節」に戻さんかいや、と思いますね。まだあと50年はかかるんかな?
2018/02/10

安倍首相、達筆やん(驚)

台湾加油安倍晋三おばちゃん 
 安倍ちゃん、達筆やんか。わたしは別に書道の心得があるわけでもないですが、まあ私らよりはずう~っと上手やと思いますわ。何枚か練習しはるんかなあと思てたら、何とネットでは台湾のニュースで、書いてはるところまで動画で出てました(動画)。当たり前やけど、本物でした。スゴいなあ、安倍首相。官邸がSNSであちこちに発信してはるみたいですね。そういえばと思うて麻生太郎さんもたしか達筆やったと思て調べたら、これも書いてはる動画が出てました。うまいわー。やっぱり政治家は揮毫を求められることが多いから、うまないと(上手でないと)あかんねんやろなあ。カッコええわあ。
 それでまた思い出しました。防衛省の看板!これですわ。
防衛省 
 これ!あかんやろ!
 はね、とめ、書き順もむちゃくちゃに見えるけど?
 で、調べたら防衛庁が防衛省になった時の初代大臣ということで、久間章生さんが書いたんやとか。へえー、弱そうな防衛省やなあ。辞退せんかいな、久間さん!でも調べたら、省庁の看板を政治家が書いてる例がいっぱいあって、もうびっくりするほど下手くそなんもありました。
 あと、ネットでは野党の党首のサイン色紙も晒されてました。うーん、個人的主観になるから感想は書かんとくわ。そうそう、習近平の色紙もありましたわ。サインペンぽい感じやったけど、これはへったくそー、でしたわ。まああの人は文革時代、地方に下放されててロクに勉強でけへんかったと言われてますけどね。
 習字のきれいな人はうらやましいなあ、という話でした。
2018/02/10

ハングル文字と漢字

自転車小
 私がまだいろいろ勉強する前は、ハングル文字というのはものすごい合理的で、世界で一番完成された文字やと聞いてて、すごいなあと思うてたんや。まあそれやったらそれでええねんけど、実は韓国では戦後すぐの時代に、漢字は廃止される方向にあったそうです。つまり、日本が朝鮮人から言語を奪ったのを取り戻す、ということですね。それで、1970年代には漢字はどんどん廃止されていって、今はもう韓国人のかなりの人たちが漢字を読み書きせえへんようになってきてるらしいですね。ええー?ホンマかいや—、とびっくりしました。
 ハングルは表音文字です。せやから一文字一文字には特に意味はありません。日本語でゆうたら「かな」といっしょやね。そしたら、高度な概念語、哲学とかに限らず、理科系の専門用語も使えんようになって、大変らしい。そらあ何でもええけど、論文がぜんぶひらがなで書いてあったらわけわからんやん。実際、同音異義語がいっぱい出て来てしまうそうです。そらそうやね。そんなことは最初からわかってたのにね。
 日本人は縄文の昔から、外から入ってきたものをうまく取り入れて自分らのものにして作り替えることが上手やってんな。文物工芸に限らず、ひらがな、カタカナもそうやし、江戸から幕末にかけても西洋の最新知識を吸収するのに漢字をうまく組み合わせて、いわゆる和製漢語を作ったそうです。面白い話が、今の「中華人民共和国」の「人民」も「共和国」も元は日本の研究者が作った漢語やと。
 ウィキペディアからコピペしますね。「和製漢語」。
文化、文明、民族、思想、法律、経済、資本、階級、警察、分配、宗教、哲学、理性、感性、意識、主観、客観、科学、物理、化学、分子、原子、質量、固体、時間、空間、理論、文学、電話、美術、喜劇、悲劇、、、、、。
 で、調子に乗って調べてたら、ねずさんのブログで、日本でも戦後、教育改革の名の下に「当用漢字」やら「現代かなづかい」でおかしなことになってきたという話がありました。アメリカ人にとっては日本語はとても難しい、ややこしいということで一時は日本語廃止、ローマ字化、の話もあったらしい。そういえば私は高校時代に桑原武夫さんが日本語をローマ字化しようと言うてはったのを読んだことがあります。その頃は、さすがに賢い人のゆうことは違うなあ、と思てましたけどね。
 話は戻って、ねずさんは「学」は「學」やし、「国」は「國」やと言うてはります。私が昔教えられたんは、中国は新しい漢字を作ったけど、日本はもともと略字?みたいなものは中国にもあって、それを採用するようにしたんや、とか。まあでも日本人はどちらもちゃんと知ってるところがすごいですね。
 国民が自分の国の言葉で書かれたものを読めなくなるということは、民族が滅びるということやということですからね。
2018/02/08

明治維新、勝てば官軍

走る小
 昨日、犬HKて書いたけど、実は私はNHKの大河ドラマはまあ好きな方で、毎週見てるねん。前に「平清盛」をやった時に、天皇のことを「王」と呼んでたんには憤慨したけど、まあそこらへんは割り引いて見るしかないけどね(笑)。
 で、今年の「西郷(せご)どん」一応見てます。今も昔も西郷隆盛は人気あるんやね。私がいろいろ勉強するまでは時代劇はあんまり興味なかってんけど、明治維新は興味津々ですね。で、何が言いたいかというと、日本人て、判官びいきやと言いますね。もともと源義経に対して日本人が抱く気持ちのことで、立場の弱い人に同情したり、哀惜の念を持つことやと。昔の私はそういう曖昧な情念は嫌いやってんけど、最近はこれが日本人らしさ、日本人の知恵なんとちゃうかと思うようになりました。
 前に書いた「『新説・明治維新』西鋭夫」で、西さんは戊辰戦争の時の「官軍」はもう武士ではないと言わはります。気になったのでネットを見てたら、前から気になってたブログ「しばやんの日々」で見つけました。この中の記事「大政奉還したあとの旧幕府勢力に薩長が内乱を仕掛けた理由」に書いてはります。幕末、明治に起こったことを並べるだけでもあれ?と思います。
 1866(慶応2) 薩長同盟
 1867(慶応3) 討幕の密勅(偽)→大政奉還→王政復古の大号令→辞官納地→鳥羽伏見の戦い(→戊辰戦争)→江戸無血開城
 この中でクサいのは、鳥羽伏見の戦いです。徳川慶喜は軽武装で京都に向かう途中で大阪におったんやけど、薩長側がやたら挑発してきて危ないというので江戸に戻った、というわけですね。上のブログでは「当時の記録を読むと、慶喜に上京を命じておいて京に向かう警護の行列に新政府軍が一方的に発砲したのが真相であり、この時旧幕府軍には戦う意思はなかったようなのだ。」と書いてはります。退却した慶喜、つまり幕府軍に対して「官軍」は「錦の御旗」を掲げて追討した、と。新政府での主導権を早くから握るためにこういうあざといことをしたんやけど、結果的にはその後の新政府で薩長が圧倒的な地位を占めた、ということですね。
 西さんはこの後の戊辰戦争で官軍が「賊軍」の死体を放置して進軍するのはもう武士のやり方ではない、と書いてはりました。明治維新を必要以上に美化したらあかん、現実はドロドロしてるんやということやね。
 それでタイトルの言葉、「勝てば官軍(負ければ賊軍)」です。明治維新が始まる頃にすでにこう言われてたということで、当時の人たちが「官軍」にもいかがわしい部分があると知っていたということやね。一方的に正しいということはなくて、物事はいつも疑いを持ってしっかり見なあかん、という日本人の知恵なんとちゃうかと思いました。