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2018/03/04

昭和天皇とマッカーサー

自転車小
 昨日の記事の「御製」は「ぎょせい」です。歴代の天皇がお詠みになった和歌のことをいいます。

 で、天皇の戦争責任。私は責任はあったとかなかったとか、どうでもええと思います。というのは、いつも読んでるねずさんのブログ(大和心を語るねずさんのひとりごと)で、ちょっと前に「昭和天皇行幸とシラス国」という記事を読んで確信したからです。昭和天皇の行幸の話は、ねずさんは時々上げてくれてはります。

 「昭和天皇の行幸は、昭和21年の神奈川県を皮切りに、昭和29年の北海道まで、足かけ8年半にかけて行われました。全行程は3万3000km、総日数は165日です。」
 もうこれは大変なことやんか。天皇陛下は暇とちゃうねんで。年がら年中、行事がある中でのこの数字や。上の記事も、何べん読んでも涙が出ます。戦争で両親を亡くした女の子に陛下がお言葉をかけられる話。シベリアに抑留されて共産主義に「洗脳」されてたはずの帰還兵士が、陛下を前にしていっぺんに洗脳から解けてしもうた話。息子を戦争で亡くした老母に陛下が声をかけられる話。

 こういう話を聞いて読んで、その上で、どうぞ「戦争責任」の話をしてください、と言いたくなりますね。帝国憲法が、統帥権が、とか、そんなことはどうでもええやん、あんたら、天皇陛下を極刑に処したかったんか?あらためて「天皇の戦争責任」などという言葉がもうめっちゃ薄っぺらいものに思われます。まあ言いたくはないけど、この戦後の「行幸」一つとってみても、天皇陛下は全身全霊で昼も夜も日本国民に「責任」を果たされ続けてるんやと思います。せやからそれは、「責任」なんていう軽い言葉やないんとちゃうか、と思いました。

 話戻りますけど、上のシベリア帰還兵の話、マッカーサーの話にも通じますね。
 敗戦直後の昭和20年9月27日、昭和天皇は正装してアメリカ大使館公邸に通訳一人だけを連れてマッカーサーを訪ねられます。このとき、お迎えはありません。マッカーサーは天皇が命乞いに来るのだろうぐらいに思い、あの有名なノーネクタイ、腰に手を当て、天皇陛下は直立不動の姿勢の有名なあの写真が撮られました。

 けれど、天皇は「全責任は自分にある。自分の身はあなたに任せるから、どうか国民を飢えさせないでほしい」と言われたそうです。それを聞いてマッカーサーは感激し、一気に態度を変えて予定していなかったお見送りをしたそうです。(詳しくはもうネットにいっぱい出てますからぜひ見てください)。この後マッカーサーは、昭和天皇の戦争責任を調査するアメリカ政府の要請に対し「戦争責任を追及できる証拠は一切ない」と回答したそうです。

 改めて私らは、天皇のおられるこの国に生まれたことを、心から幸せに思えますね。
 ※ちなみに、上の行幸の話の元は、しらべかんが(調寛雅)著「天皇さまが泣いてござった」という本だそうです。

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