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2018/07/05

文科省の局長逮捕、「世間体」を気にせんようになった?私らも反省!

パンチ小
 今朝の新聞には、文科省の局長の逮捕の話が大きく出てましたね。文部科学省の大学支援事業をめぐり、東京医科大学に便宜を図る見返りに、自分の息子を入学させてもろた、というわけです。えー、文科省は前川喜平という恥さらしなスケベ援交オヤジをクビにしたとこやん、つながりはあるんかなあ、と思たら、どうも前川氏が引っ張り上げた人物やとか。どこまでも腐ってますね、文科省。通してもろた息子くん、どないするんやろ、入学取り消し?退学?まあ日本人やったらせめて自主退学したらどうかな?自分が下駄履かせてもろたことを知ってたかどうかがポイントやな。あ、そんなことはどうでもええか。

 腐った人の周りには腐った人が群れるということなんやろか。恥を恥とも思わんこういう人たち、救い難い気がしますね。スマホでニュースを見てたら朝日新聞系のAERAが<「官邸のリークなのか」疑心暗鬼>やて。笑えるわ。文科省へのいじめとちゃうか!と憤慨してるのが丸わかりです。パヨク系の文科省にお友達がいっぱいいる朝日新聞系の記者は悔しそうです。公務員は名の通り、「公」に尽くすべき人たちなんとちゃうんか?仕事を通じて私的利益を得ようとする人たちはやっぱり許せませんね。

 そういえば昨日の産経新聞で、教育学者の貝塚茂樹さんがコラム「【解答乱麻】「空気を読んでも、空気に流されるな」 公、道徳から乖離してはならない」を書いてはりました。
 昨今大流行の「忖度」と言う言葉、辞書的には<「他人の心を推し測ること。また推し測って相手に配慮すること」といった意味>、<「他者」の気持ちを推し測り行動することは道徳的に考えても決して悪いことではない>。その通りですね。

 そして「忖度」と同様に注目された「空気」についても説明してはります。<「空気」については山本七平氏の『「空気」の研究』(1977年)という秀逸の日本人論がある>んやそうです。山本さんは<日本人は対象それ自体をそのまま把握するのではなく、その背後に何か宗教的なもの、絶対的な「恐れ」に近い感覚を感じ取る>、<戦前、戦中、戦後という時代が変化しても「空気」が日本人の意思決定の底流に脈々と受け継がれていると指摘し>はったんやそうです。なるほど、わかるなあ。

 そこで貝塚さんは書きはります。<日本人には「世間」はあるが、「社会」はないと言われる。西洋の「社会」という言葉は、本来は個人がつくる社会を意味しており、個人が前提であった。しかし、日本の個人は欧米のそれとは異質のものであり、日本人にとって重視されるのは、「世間」である。それは、「そんなことをしたら世間が許さない」「世間体が悪い」という言い方はあるが、「社会が許さない」や「社会体が悪い」という言い方は生まれなかったことに表れている。そう指摘したのは阿部謹也氏である(『学問と「世間」』)。>

 そして現在の日本では、どうか。<「世間」は徐々に解体され、「空気」の意味がより大きな変質を遂げていると言えないだろうか>。つまり、<「美徳」としての「空気を読む」は、単なる「空気に流される」へと主体性を失い始めたのではないか>。と。なるほど、見事やなあ。冒頭の、文科省の局長を批判するのんは簡単やけど、そもそも今の私ら日本人は、かつて普通に持ってた「世間さま」に対する恐れを無くしてしもてることが問題なんとちゃうか、と思た次第です。


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コメント

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恥の文化

更新ありがとうございます。本日の切り口は素敵ですね。個人的には、昨今「体面」は死語になりつつあると思わされていたところであり、思わず膝を打ちました。「菊と刀」でベネディクトが指摘した「恥」の概念に対する異質感は、異論はありますが一理あると評価もできる指摘。キリスト教文化が「神」を規範とする対極が、日本人の「自律」なのでしょうね。楽しく思索させていただきました。

Re: 恥の文化

羊歳馬齢 さん、コメントありがとうございます。
高校の時の歴史?の先生に「菊と刀」は必読、と習うたんですが、、、。
ちなみにルース・ベネディクトは日本には一度も来たことがないそうですね。

一神教に世間はない

西洋は、キリスト教が全盛のころは、唯一絶対神と「私」の契約の社会で、世界のどこに行っても、他の宗教は邪教で、それを信じるから現地人は未開なのであって、その土地も生物も自分たちの神が自分たちに用意してくれたものと正当化して、今から見れば非道な行いも平気でできたのですね。
近代にそれが廃れると、「私」は何と契約すればいいのだろう?という流れで模索してきたのかなと想定しています。「私」だけが肥大化したりしてね。

彼らには、日本の世間の空気は理解しずらいことでしょう。彼らの頭にこびりついた構造を、日本に当てはめて理解しようとするから。
終戦時に、昭和天皇を処刑するより、生かして利用するほうが得策、という悪知恵は働いたと思いますね。「世間」は処刑できなかった。
社会学っぽいお話しをありがとうございます。

Re: 一神教に世間はない

弓取り さん、コメントありがとうございます。
なるほど、「世間」は八百万の神ともつながりますよね。
あと、日本には太古の昔から奴隷制がなかったことも奇跡ですよね。

初めまして

戒厳なクリスチャンは神の教えは守ります。でも教えにない事は
何をしてもいいと解釈するとか…
私はだからキリスト教やイスラム教に疑問を持ちます。
宗教はそれぞれですが、ユダヤ人の大工の息子さんやアラブの商人が
貧しい人を救うためなのかも知れませんが
そこに生きる為に血生臭さを感じてしまうのです。
日本独特の世間の評価、八百万の神さまのおかげだと思います。

応援してます。雨大丈夫ですか?

Re: 初めまして

天野湖夜音 さん、コメントありがとうございます。
> そこに生きる為に血生臭さを感じてしまうのです。
・・・・・おそらく西も東も大陸では、お互い食うか食われるかの時代がしばしば訪れたんやと思います。それに比して日本列島では、実は食うに困らへん実りの豊かな縄文時代が、2万年以上?続いたんやないかと思います。

> 応援してます。雨大丈夫ですか?
・・・・・ありがとうございます。近所を流れる用水路が溢れへんかと、ちょっと不安です。

No title

親からよく言われました。
「お天道様が見ているよ」とね。
日本人はこれに尽きると思いますが。

そうそう子どもの頃、田舎の商事会社に勤めていた叔父に嘘をつくとよく言われました。
「朝鮮人みたいなことするな」と。
商取引で苦い思いをしたようです。
叔父は○日が大嫌いだった。
子どもの頃は分からなかったが、今では成程ですよ。

Re: No title

田舎じじい さん、コメントありがとうございます。

> 「お天道様が見ているよ」とね。
・・・・・まさにこれですよね、日本人は。