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2018/08/21

チャイナのプロパガンダに協力する福田康夫元首相は、やっぱり国賊やんか。

指差し小
 前に「もともと頼りなかった福田康夫君、とうとう暗黒面に堕ちたんか?」で、福田元首相が南京大虐殺記念館を訪れたことを書きました。そしたら先月号の「月刊Hanada 2018年9月号」で、阿羅健一さんの「南京大虐殺記念館訪問、福田元総理の過ち」という記事が出ていました。阿羅健一さんというのは、近現代史研究家で、活発な言論、出版活動をしてはりますね。何と言っても「南京大虐殺」のウソを徹底的に暴いてきてはりますね。

 もちろん福田元首相の「南京大虐殺館」訪問についての批判なんですが、そこはいつも「実証」している阿羅さん、最初の福田さんの動機から検討を始めはります。福田さんは産経新聞のインタビューで、「『南京事件Ⅱ』をたまたま見てね。(中略)やはり旧日本軍が中国人を殺したことは事実なんだなあと。行こうという思いを強くしたわけです」と話しています。この「南京事件Ⅱ」というのは、日本テレビが作ったテレビ番組です。

 番組では冒頭で、敗戦とともに当時の政府が公式記録を焼却して南京虐殺の証拠を消した、みたいな言い方をしているのですが、そもそも無かった記録は焼却できるはずがない、と。また、現在残っている兵士の日記に虐殺の記録がある、という話も取り上げています。当時の日本軍は世界一、捕虜を丁寧に扱っていたのですが、自分たちの軍隊の7~8倍もの人数が捕虜となってしまい、食糧も足りなくなることが想定されたので、捕虜を非戦闘地域まで連れて行って解放しようとしたところ、シナ兵がパニックを起こして逃げ出すやら、解放地からは銃撃を起こされるわで結果、戦闘となって、大量の死者が出た、ということがあったそうです。

 そもそも戦場やから、どこに敵が潜んでかわからんわけで、しかもシナ兵はしょっちゅう便衣兵となってゲリラ的に攻撃してきたりもするから、油断も隙もあらへん、疑わしいときはさっさと攻撃せんと、こっちがやられてしまうわけですね。つまり、もちろんシナ人にもたくさん死者は出たけど、そんなん、戦闘やから当たり前、という話ですね。それをチマチマ、いろんなネタを出してきては虐殺や、虐殺や、と叫び続けてる、というのが「南京大虐殺」の基本構図なんやね。

 当時日本軍から逃げまくっていた蒋介石は、昔からプロパガンダがうまく、奥さんの宋美齢はアメリカに留学したから英語もペラペラで、しょっちゅうアメリカに行ってはいろんなところで反日の演説なんかもしてました。そんな蒋介石からは、戦中も戦後も、南京虐殺の話は一切出て来てません。たくさん人が死んだのは戦闘やから当たり前の話やからです。ついでに言うと、蒋介石は、日本軍に追われて逃げる途中に黄河の堤防を爆破して、100万人の現地住民を死なせてますね。日本軍は蒋介石を追うのをいったん止めて、住民の救助に当たった、と。

 結局「南京大虐殺」というのは1970年代になって朝日新聞が人気記者、本多勝一を使って捏造した話にすぎひんわけですね。でもこれはプロパガンダ戦という戦争です。話は戻りますが、阿羅健一さんは最後にこう結んではります。
 「福田元首相は『南京事件Ⅱ』に騙されたわけでなく、騙されたふりをしているだけなのかもしれない。」

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