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2018/08/26

モリカケ3年アベ8年、シイの独裁18年。志位君、ちゃんと勉強しいや。

指差し小
 タイトルは、ネットではさんざん出回っている言葉ですね。渡邉哲也さんがよう使いはりますね。マスゴミのモリカケ報道は足掛け3年経つけど、何ら証拠もなく単に「安倍降ろし」のために騒いでいるだけやと、だんだん情弱層にもバレてきてます。共産党トップの志位さんは、委員長になってもう18年、共産党には選挙がないんで、何で委員長になれたんかは不明です。故・宮本顕治・元共産党議長の息子の家庭教師をしてて気に入ってもらえたから指名された、というのが通説ですね。まあその程度か。

 18年も委員長やってたら普通はそっちを「独裁」と言うんとちゃうんか?「安倍独裁!」なんてサヨクさんは言いはりますけど、ちゃんちゃらおかしいわ。で、この志位君、まあた変なことを言うてしもたみたいやで。

 <志位和夫@shiikazuo「『戦争責任言われつらい』晩年の昭和天皇吐露」昭和天皇は、中国侵略でも対米英開戦決定でも、軍の最高責任者として侵略戦争拡大の方向で積極的に関与した。個々の軍事作戦に指導と命令を与え、戦争末期の45年に入っても戦争継続に固執して惨害を広げた。歴史の事実だ。>

 これは、毎日新聞の記事(共同配信)に「リツイート」したものですね。
 <昭和天皇が85歳だった1987(昭和62)年4月に、戦争責任を巡る苦悩を漏らしたと元侍従の故小林忍氏の日記に記されていることが明らかになった。共同通信が22日までに日記を入手した。昭和天皇の発言として「仕事を楽にして細く長く生きても仕方がない。辛(つら)いことをみたりきいたりすることが多くなるばかり。兄弟など近親者の不幸にあい、戦争責任のことをいわれる」と記述している。>

 いやあ、仮にも公党の党首が、こんなでたらめな記述を公開してるって、おい、大丈夫か?という批判の嵐がツイッターでもまだ見られます。さすがに党首のツイッターを簡単には削除でけへんやろなあ。話としては、昭和天皇がずっと先の大戦についてお悩みになっておられたのがようわかるというだけやと思いますけどね。昭和天皇は降伏後間もなくマッカーサーに単独で会いに行き、自分の命はあなたに預けるから、とにかく日本国民を飢えさせないでくれ、と言わはったんやで。そんなことも知らんのか?志位君。まあそれより「個々の軍事作戦に指導と命令を与え」なんて、あり得へん話を書いてしもたんか。ちゃんと歴史を勉強せんと恥かくで。あ、もうかいてしもたな。残念やなあ。

 この人のアタマの中の薄ーい感じがとてもよく出てしもたと思います。まあ共産主義者というのは事実はどうでもよくて、言い続けて「洗脳」することが大事なんやろうな。ホンマにお粗末な話でした。

2018/08/21

チャイナのプロパガンダに協力する福田康夫元首相は、やっぱり国賊やんか。

指差し小
 前に「もともと頼りなかった福田康夫君、とうとう暗黒面に堕ちたんか?」で、福田元首相が南京大虐殺記念館を訪れたことを書きました。そしたら先月号の「月刊Hanada 2018年9月号」で、阿羅健一さんの「南京大虐殺記念館訪問、福田元総理の過ち」という記事が出ていました。阿羅健一さんというのは、近現代史研究家で、活発な言論、出版活動をしてはりますね。何と言っても「南京大虐殺」のウソを徹底的に暴いてきてはりますね。

 もちろん福田元首相の「南京大虐殺館」訪問についての批判なんですが、そこはいつも「実証」している阿羅さん、最初の福田さんの動機から検討を始めはります。福田さんは産経新聞のインタビューで、「『南京事件Ⅱ』をたまたま見てね。(中略)やはり旧日本軍が中国人を殺したことは事実なんだなあと。行こうという思いを強くしたわけです」と話しています。この「南京事件Ⅱ」というのは、日本テレビが作ったテレビ番組です。

 番組では冒頭で、敗戦とともに当時の政府が公式記録を焼却して南京虐殺の証拠を消した、みたいな言い方をしているのですが、そもそも無かった記録は焼却できるはずがない、と。また、現在残っている兵士の日記に虐殺の記録がある、という話も取り上げています。当時の日本軍は世界一、捕虜を丁寧に扱っていたのですが、自分たちの軍隊の7~8倍もの人数が捕虜となってしまい、食糧も足りなくなることが想定されたので、捕虜を非戦闘地域まで連れて行って解放しようとしたところ、シナ兵がパニックを起こして逃げ出すやら、解放地からは銃撃を起こされるわで結果、戦闘となって、大量の死者が出た、ということがあったそうです。

 そもそも戦場やから、どこに敵が潜んでかわからんわけで、しかもシナ兵はしょっちゅう便衣兵となってゲリラ的に攻撃してきたりもするから、油断も隙もあらへん、疑わしいときはさっさと攻撃せんと、こっちがやられてしまうわけですね。つまり、もちろんシナ人にもたくさん死者は出たけど、そんなん、戦闘やから当たり前、という話ですね。それをチマチマ、いろんなネタを出してきては虐殺や、虐殺や、と叫び続けてる、というのが「南京大虐殺」の基本構図なんやね。

 当時日本軍から逃げまくっていた蒋介石は、昔からプロパガンダがうまく、奥さんの宋美齢はアメリカに留学したから英語もペラペラで、しょっちゅうアメリカに行ってはいろんなところで反日の演説なんかもしてました。そんな蒋介石からは、戦中も戦後も、南京虐殺の話は一切出て来てません。たくさん人が死んだのは戦闘やから当たり前の話やからです。ついでに言うと、蒋介石は、日本軍に追われて逃げる途中に黄河の堤防を爆破して、100万人の現地住民を死なせてますね。日本軍は蒋介石を追うのをいったん止めて、住民の救助に当たった、と。

 結局「南京大虐殺」というのは1970年代になって朝日新聞が人気記者、本多勝一を使って捏造した話にすぎひんわけですね。でもこれはプロパガンダ戦という戦争です。話は戻りますが、阿羅健一さんは最後にこう結んではります。
 「福田元首相は『南京事件Ⅱ』に騙されたわけでなく、騙されたふりをしているだけなのかもしれない。」

2018/08/15

日本人は、いつまで攻撃され続けるのか?あなたが気づくまで、ずうっと。

今日は終戦記念日。去年の夏に、「意見広告クラウドファンド」のプロジェクトを立ち上げた時の原稿案です。残念ながらプロジェクトは成立しませんでした。再掲させていただきます。

【原稿本文より】
日本人はいつまで攻撃され続けるのか?
あなたが気づくまでずうっと。

72年前の8月15日、あのとき本当に戦争は終わったのでしょうか?
日本を占領したGHQは「東京裁判」で戦勝国が敗戦国を事後法によって裁くという、
およそ文明国にあるまじき茶番によって「戦犯」を作り出し、早々に「処刑」しました。
しかし実は日本は、昭和27年の独立後、国会の全会一致でこの「戦犯」の釈放、赦免を決議しました。
日本にはもう、とうの昔に「戦犯」はいないのです。

GHQは占領中、大急ぎで日本国憲法を制定させました。
日本はこの憲法9条のおかげで守られてきたという人がいます。
本当でしょうか?

GHQが日本の軍備を禁じたのは、あまりに強かった日本軍を二度と立ち上がらせたく
なかったからだったことは明らかです。
ところが今や日本の周辺は、もはや戦争前夜です。
竹島や尖閣諸島で日本の領土領海を公然と侵す国々、核やミサイルの実験を繰り返す国に、
憲法前文で言う「公正と信義」がどこにあると言うのでしょうか。
「戦争反対!」と言うのなら、日本を攻めてくる敵に絶対に負けない軍備を整えるのは当然のことでしょう。

日本国内から白昼堂々と拉致された人たちを、何十年たっても取り返せず、
現行憲法を一字たりとも変えられない私たち日本国民は、
本当にこの国を守ることができるのでしょうか?
GHQは戦後、WGIP(「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
(戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画」)
を推進しました。
これにより、かつて秦の始皇帝が行ったのと同じ「焚書」が、
20世紀の文明国においても行われたことはぜひ知っておきたいところです。

WGIPには、30項目からなる「プレスコード(報道規制)」がありました。
そこでは、朝鮮人、中国に対する批判、GHQの憲法起草批判、満州での日本人取り扱い、
占領軍兵士と日本女性との交渉、占領軍隊批判、等々が報道禁止項目とされました。
これらは当時のGHQの公職追放と相まって、絶大な効果をもたらしました。
そしてその効果は日本が「独立」してから今に至るも続いていると思われます。
なぜなら「日本は戦争を始めた悪い国」という洗脳から抜けられない日本人がいまだに多くいるからです。
さらにそのことによって利益を得てきた人たちが今もなお日本国内にいるからです。

「南京大虐殺」、「『従軍』慰安婦」が問題にされ始めたのは、戦後しばらくたってからのことでした。
何の証拠もないこれらのプロパガンダは、出現当時は戦争世代の人たちからは相手にもされませんでした。
「従軍」慰安婦という言葉自体が噴飯ものだったからです。

けれどもウソも百回言えば本当になる国の人たちはしつこくこれを繰り返し、
もともと「和」を重んじる日本人は相手がそこまで言うならと妥協を重ね、
ついに抜き差しならぬところまで来てしまいました。

72年間、実は私たち日本人は今もずっと、戦争に負け続けているのではないでしょうか。

平成29年8月15日 「それホンマか?マスコミ!の会」

2018/08/14

今こそ読もう昭和天皇の「開戦の詔勅」。世界は腹黒い。

走る小
 時節柄(笑)また戦争の話を。
 私らは昔は、日本は侵略戦争をしかけた悪い国、と教えられてきたけど、今ではもう、昨日書いたハル・ノートにしても、歴史的事実が示すように、日本はやむなく戦争に追い込まれてしもたんやということは間違いないですね。で、そこにもう一つ、日本国民やったら知ってなあかん話がこの「開戦の詔勅」やと最近知りました。

 天皇は実は大日本帝国憲法下でも、好き勝手に「詔勅」なんて出せるわけやなかったんですね。それこそ明治大帝の五か条のご誓文よろしく、「万機公論に決」してから始めて詔を出してもらうわけですね。まあサヨクは認めたがれへんやろうけど、事実はそうですから。つまり天皇の恣意によって政治がおこなわれることは、今も昔もない、ということですね。

 そういえば「天皇の戦争責任」という言葉が出て来たのは、私が中学生の頃やったと思います。当時でもやっぱり天皇に批判的な話をするのははばかられる雰囲気があったもんやから、例えば学問として、「戦争責任」について話すことが、いかにもタブーを破って真実を究明する、みたいなカッコ良さみたいなもんを感じてたのはたしかやと思います。

 あ、今の私の考えでは、「責任」なんて安っぽい言葉で言わんとってほしいな、ということですね。昭和天皇はマッカーサーが日本に上陸して約一か月後、単身(通訳を連れて)GHQに赴き、マッカーサーに「自分の命はどうなってもいい、あなたに預けるから、とにかく日本国民を飢えさせないでくれ」と言うてくれはったそうです。ほら、ちゃんと責任取ってはるやんか。日本人にとって天皇とは私ら国民のことを「おおみたから」と呼んでいつも平安を祈ってくれてはるご存在なわけで、そんなお方に対して「責任」などという軽い言葉で断罪するようなことは、そもそも考えられもせえへんことやと思います。まあ、責任があったんや!と言いたいねんやったら勝手にゆうとけ、それで?てな感じでしょうか。

 話が飛びました。そこで、昭和天皇の「開戦の詔勅」です。普通にちゃんと読めば、日本はもともと世界平和を希求していたし、ずっと平和的に解決しようと努力してきたのに、米英及び蒋介石の中華民国は一向に譲り合う気持ちもなく、こちらを屈服させようとしているから、このたびやむなく戦争に打って出ることにしたんや、と読めます。というか、そう書いてあります。これ以上でも以下でもないやんか、と言いたいですね。何の粉飾もあらへんで。

 私ら日本人がホンマに反省せなあかんのは、和平交渉のつもりで頑張ってたとしても、世界は私らが考えるよりはるかに腹黒く、狡猾で、残忍で、卑怯で、、、、これを10回ぐらい言わんとアカンぐらいなんや、ということが、全然わかってへんかった、ということでしょうか。

2018/08/13

ヴェノナ文書の真実。今も昔も日本は秘密ダダ漏れ。スパイ防止法を。

指差し小
 8月はやっぱり新聞、テレビなどのマスゴミでは、戦争に関する記事、番組が多くなりますね。昨日、12日の深夜に何とあのテレビ朝日が「真珠湾77年目の真実 日米ソ壮絶スパイ戦争」というタイトルで、番組を放送したそうです。私は知らなかったので見てないのですが、私が毎日読んでる宮崎正弘さんのメルマガの「読者の声」のところで、関野通夫さんという人が紹介してくれてはります。(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通巻第5790号

 私らが学生時代に習うたんは、「『太平洋戦争』は日本が真珠湾に奇襲攻撃をして始まった」ということでした。アメリカ人は「リメンバーパールハーバー」を合言葉に、この「卑怯な」奇襲に反撃するためにやむなく戦争に応じたんや、ということになってますね。でも今では「ハル・ノート」の存在は広く知られていて、これこそが日本を戦争に追い込んだ挑発的な最後通牒やと言うことはもう歴史的事実ですね。つまり、アメリカは何としてでも日本が先に攻撃をしてくるように仕向けたかったということです。そしてもちろん、ルーズベルトは日本の艦隊が真珠湾に向かっていることも事前に知っていたんですね。

 上の番組では、ルーズベルト政権には200人を越えるソ連のスパイが入り込んでいたことや、真珠湾攻撃の前にアメリカ海軍の駆逐艦が日本の特殊潜航艇を撃沈していたこと、ルーズベルトがそれを知っていたこと、また、当時としてもハル・ノートは日本が到底受け入れられないであろうと、アメリカさえもが理解してたことも、ちゃんと説明していたようです。深夜に放送された番組ではありますが、とにかく戦前の日本は悪かったと、ずっと言い続けてたマスコミ、それも朝日新聞系列の放送局が最新の事実に基づいて番組を放送したことに対し、投稿者の関野通男さんは「朝日の中で何が起ったのでしょう」と書いてはります。

 さらに「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通巻第5789号では、書評欄で宮崎正弘さんが、江崎道朗さんの『日本占領と「敗戦革命」の危機』(PHP新書)を取り上げてはりました。こちらではルーズベルト政権内でのコミンテルンの工作員の数は300人になっていますね。この本の中では「ヴェノナ文書」で明らかになった事実がいっぱい書かれているようです。日本がなぜ戦後、ドイツや朝鮮のように分断されずにすんだのか、そして昭和天皇の意外なインテリジェンスについても知ることができるようです。はよ買うて読まなあかんな。

 あ、ヴェノナ文書とは、ソ連が崩壊した後にいっぱい出てきた機密文書の中にあった、アメリカとイギリスの情報機関が協力して行った、ソ連と米国内に多数存在したソ連スパイとの間で交信された多数の暗号電文を解読した文書のことです。こういうものをちゃんと残してたソ連も、それを解読した米英も大したもんやね。