聖徳太子の頃には既に、ユダヤ人は日本に入ってたらしい。埴輪があるんやで。


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たまにはコメントしてみます。
本当は歴史は面白い!
キリストは仏教を修業した形跡があるととか何かで見ましたね。宗教としては仏教やバラモンとかが圧倒的に古くて、メッカ発祥の一神教はその影響を受けているという話もみたことあります。
飛天はもとはインド辺りが発祥で仏教でよく出てきますが、それが東へ伝わり天女に、西へ伝わり天使へなったといわれています。
大昔のゆっくりした時間の流れで、お互いの価値観や宗教の影響が大なり小なり有ったと考えるのが自然だと思います。
しかし、直接的なものであったか?という議論は慎重になったほうが良いと思います。あくまでもロマンとして語るにとどめた方が良いと思いますね。理由は事実として証拠がなく良く分からないことを悪用するのが居るので…(笑)
でも、日本の学校で教わる歴史ってのは本当につまらないけど、こういった形で知り始めるととても面白いと思います。例えば「ねずさんのひとりごと」は話の展開が上手で面白いですよね。
日本では神話という素晴らしいものがあります。神話というのは民族や国に強く関係していて、その国や民族が征服されたりすると途絶えています。
そして、日本の神話は世界最古でしょうね!
あれ!?日本の神がユダヤの元かもしれませんよ!?
ヤマタノオロチは草薙剣の話が有名ですが、鉄の産地を手に入れた話ではないか?というのも見たことがあります。もののけ姫に出て来るような世界観ですかね?「ねずさんのひとりごと」はまた違った視点になっていますね。
確かなことは素晴らしい神話があるこの日本に生まれて本当に良かった!と、感謝の気持ちでいっぱいだということ。
将来の日本人にも同じように喜んでもらえるように大切にしたい!受け継いでもらいたい!と強く願うのです。
このところ、敵がうるさいので、後の第二のヤマタノオロチになる様な展開になることを願っています。
ぱよぱよち~ん!
田中一郎
海洋国家
縄文時代から海洋進出をしていた日本人の話を、前にあげられていましたね。外国人が来日していたのは、当時の日本人が招いていたと考えると、夢が広がる気がします。
そう言えば、海外に出ていた日本人が、その後帰ってきて日本に永住することが多かったことから、その名残で日本国籍を取得することを帰化と言うらしいですね。
さて、日本人の元々の宗教感は、人は神の子孫と言うもの。だから、皆平等と言う概念なんだと思います。過去に生きていた人を、神として神社に祀るなんて、日本だけじゃないでしょうか。
そんな概念のない人たちが、上だの下だの言うのでしょうね。
吹雪
日本の同化力
>田中英道さんが「世界史の中の日本を語ろう」というタイトルで連載を書いてはって、今回は第12回「秦氏と世界とのつながり」ですので紹介させてもらいます。
田中英道東北大学名誉教授の日高見国と天孫降臨については、私も「なるほど!」と唸りましたね。文献の解釈だけに拘る日本の歴史学会とは一線を画し、考古学的発見や当時の気象の変化なども含め、総合的に物事を判断されており、筋が通っています。
日ユ同祖論についても、ユダヤ系の方が喧伝してくる話を鵜呑みにするのではなく、おばちゃんさんが書かれている通り、渡来したユダヤ人は、長い年月を掛けて日本人に同化し、その日本の同化させる力の強さを強調されていましたね。
まず、我々は古代人は長距離を移動しない、できないという先入観を捨てないといけないですね。縄文人が小船で南米まで行っていた痕跡があるように、古墳時代には既にシルクロードで東西が繋がり、人の往来があったと考えるべきですね。
その当時、大陸から日本へ渡来し、土着したユダヤ人が居ても何ら不思議ではないですね。
古墳時代にユダヤ人が渡来したからと言って、どこかの朝鮮人みたいに「進んだ文化を倭人に教えた」という風に解釈してはいけません。
何故かと言えば、もしもユダヤ人の方が文化的に優れており、日本人を統治したのであれば、日本の風俗がユダヤ的になるはずです。しかし、現代の日本にはほぼその影はありません。
そもそもユダヤ人とはどんな民族でしょうか?実は、ユダヤ人という人種・血統的民族は無いようです。
wikipediaのユダヤ人の定義↓
「ユダヤ人はユダヤ教を信仰する人々である」という定義は古代・中世にはあてはまるが、近代以降ではユダヤ教徒の家系でキリスト教に改宗した人々(例えばフェリックス・メンデルスゾーンやグスタフ・マーラー、ハインリヒ・ハイネ、ベンジャミン・ディズレーリ)や無神論者の人々(例えばジークムント・フロイトやカール・マルクスなど)も「ユダヤ人」とみなされることが多い。なお、イスラエル国内においてユダヤ教を信仰していない者は、Israeli(イスラエル人)である。
簡単に言えば、ユダヤ人とは「ユダヤ教を信仰する人々」ですね。ユダヤ教は一神教です。日本の神道は多神教です。どこにも共通点は無いですね。むしろ、日本の神様の中に、ヤハウェが居るかもしれません。
日本は何故多神教なんでしょう?ひょっとすると、数々の宗教を信奉する渡来人や古くから土着していた縄文人達が、宗教戦争で殺しあうことがないように、それぞれの神様を持ち寄って日本神話の神々になっていったのかもしれません。
日本という国の本当の力は、この「同化力」かもしれませんね。キリスト教の宣教師達も手を焼く訳ですねw
彩希
昔、どこで読んだかの私のあやふやな記憶ですが、秦氏と言うのは支那で秦が滅ぼされた時に大陸から渡って来た末裔とかではなかったですか?一つ覚えていて鮮明に残っているのは、何かの書物に秦の始皇帝の目は青かったと書かれていたことです。当然、大陸を西の方から移動して来た人達で旧約聖書のモーゼの出エジプト記の頃のことなんでしょうか。
適当なこと書いてる内に「カゴメの唄」の歌詞がヘブライ語を語源としているのではないかというのを思い出して先程、カゴメの唄 ヘブライ語でググるとズラズラと出て来ました。興味がおありなら見てみて下さい。ヘブライ語に語源があるとすればユダヤ人が日本に居たことになりますね。
ナニワの激オコおばちゃん
Re: 本当は歴史は面白い!
たまにはコメントしてみます。 さん、いつもコメントありがとうございます(笑)。
今回の話とは直接関係はないんですが、もし全部の古墳の発掘ができたら、もっといろんなことがわかるんとちゃうかな、と思います。この前の仁徳天皇陵は外周のほんの一部でしたしね。
ナニワの激オコおばちゃん
Re: 海洋国家
田中一郎 さん、コメントありがとうございます。
> 海外に出ていた日本人が、その後帰ってきて日本に永住することが多かったことから、その名残で日本国籍を取得することを帰化と言うらしいですね。
・・・・・ははーん、なるほど、な話ですね。
ナニワの激オコおばちゃん
Re: 日本の同化力
吹雪 さん、コメントありがとうございます。
> 日本は何故多神教なんでしょう?
・・・・・私はたぶん、日本列島が昔も今も天災が多いからやないかと思います。人間同士で争ってても、まるでそれをあざ笑うかのようなとんでもない災害が起こる、と。それやったらいざというときのために、みんなで仲良くしてた方が、少しでも助かるやんか、と。
> 日本という国の本当の力は、この「同化力」かもしれませんね。
・・・・・これを何とか武器にできたらええのになあ、といつも思いますね。
ナニワの激オコおばちゃん
Re: タイトルなし
彩希 さん、コメントありがとうございます。
カゴメの唄の話は聞いたことがありますね。
本文には載せられませんでしたが、田中英道さんの原稿には埴輪の写真が出ていて、これもうどう見てもユダヤ人やなあ、と思います。まあそれが各地にいくつも出土してるんですからね。
田舎じじい
No title
戦後の教育では日本の神話は完全に否定されてしまいましたね。ギリシャ神話は知っていても日本神話は分からないっていうのが今の世の中。
GHQにとって日本神話は都合が悪かったのでしょう。それで排除することに。日本人にとってのアイデンティティと誇りを持たせることを嫌ったと言えるでしょう。
そうそう我輩が小学生時代、学校の映画教室で観た「日本誕生」という題名の映画の内容が今でも強烈に心に残っていますよ。
日本武尊は三船敏郎が演じていました。
神話は歴史そのものでないがその内容は教育にも取り入れる必要があると思われますね。混沌とした現在の日本の状況を考えたら一層そう思いますよ。
ナニワの激オコおばちゃん
Re: No title
田舎じじい さん、コメントありがとうございます。
> 日本武尊は三船敏郎が演じていました。
・・・・・へえー、見てみたいものですね(笑)。
山形賢一
ロマンとして
日ユ同祖論ってありますよねー。
この辺の話を飛鳥昭雄さんが何冊も出されています。
ホンマかいな?って感じで読むと面白いですよ。
学研、ネオパラダイムシリーズASUKAだったかな?
ナニワの激オコおばちゃん
Re: ロマンとして
山形賢一 さん、コメントありがとうございます。
> 日ユ同祖論ってありますよねー。
ありますねー(笑)。私もちょっと勉強してみますわ。話としては面白そうです。
ナポレオン・ソロ
古墳時代のキリスト教伝来説
>ブログ主様 初めまして、ソロと名乗って居るものです。
私は歴史が殊の外好きなもので、田中英道先生や岡田正弘先生の、戦後史観からすれば、異端な歴史観を持たれる方々のファンです。ww
古墳時代と言えば、AC2~5世紀位で、資料が少なく日本史の謎の多い時代ですが、天皇の系譜では、仲哀帝~武烈帝の前迄が是に相当し、所謂、和泉・河内地方に巨大な古墳群を築いて、シナ王朝から「倭の五王」とよ呼ばれた時代に当たりますね。
この時の日本の国力は、相当なモノでありったのは、福岡県の博多湾に有る島から「漢の奴の倭の王」と言う金印が出て居ますが、その時代は未だ日本がまとまって居なかった時代、つまり、「倭国大乱」の前の時代だと認識して居ますので、その大乱の勝者なんですから、その武力は大きかったと思いますし、和泉・河内平野が元々、葦の原であったと考えて、この時代に、大規模な干拓事業を行い、大水田地帯を築き、食糧の大増産した結果、強大な国に成ったと言う仮説を持って居ます。
加えて私は、紀元前2,3世紀の頃に、半島に逃げ込んだ長江民の遺民が、慶州の山から鉄を掘り出して、折しもシナでは戦火か絶えなかったので、鉄は金より高い値で売れ群れましたから、是をシナに売る裁く事くぉ海運力の有る倭族に頼み、いつしか、質婆が逆転して、倭国が、鉄貿易を仕切る様になって、半島に新羅を見張る意味で任那を置いた、と言う仮説を建てています。ww
AC199年には、王朝の故地である九州の倭族「=海人族」の熊族が半島勢力と通じて、背いたので、是を征伐に帝自らが、身重の后と岳父の武内の宿祢とその軍を伴って出陣しましたが、熊襲の流れ矢に当たって落命、然し、后は、帝の遺志を継いで軍を率いて、半島に渡り、乱を平定し、戦の最中の生まれた後の応神帝を伴って凱旋した(三韓征伐)
その頃のローマでは、ユダヤ教がディアスポラの原因となった、エルサレム攻城戦を戦い、フラビウス・ヨセフスという士師に裏切られて、ユダヤ族10万人が集団自殺して終ったのが、AC1世紀(70年)ですから、未だキリスト教は、ローマの国教(AC395年)になっていませんから、弾圧されて居た筈ですよね。
是は私見ですが、大体、キリスト教と言うのはイエスがゲッセネ派ユダヤ教の士師であったワケですから、存命中二は、キリスト教なんて無かったわけですよね。
イエスを磔の刑に架けに、等しい、敵対するユダヤ教ファリサイ派の士師、パウロの「処刑された筈のイエスに遭って後を託された」と言う証言一つで、イエスは復活した事に成りますが、その後、元の使徒たちの処には姿を見せて居ませんので、一体何の為に生き返ったのか分りませんよねww
其れより、12使徒を始めとするイエスの支持者たちの集団を手に入れたパウロは、キリスト教を建てて、その集団を率いて、イエスのみ言葉を纏めたモノを新約聖書と言う形で、ユダヤの教典に加えました。ですから、キリスト教を「パウロ神学」と揶揄する向きもあったりします。
世人に全く認識されて居ないキリスト教が、ユダヤ教徒と纏めて迫害されて居る中で、遠く日本迄、伝来したと言うのは、ちょっと無理があると思います。 ですから、渡って来たのは、ゲッセネ派のユダヤ教なのではないかと言う推論が出て来るのです。 で、キリスト教だと言って居る人は、その辺りの事情を良く知って居る人では無いのかと、思うのです。
然し、日本は、日本で発見された新石器と思しき石器から3万年前、人が棲んだ形跡で遡ると、12万年前と言う古い歴史が有るし、4種類いる「=ホモ・ハビリス、ホモ・エレクツㇲ、ホモ・サピエンス」同じ、人科のネアンデルタール人「=ホモ・ネアンデルタールシス」と同じDNAが50%以上ある日本列島原人は、明らかに、西洋の神とは異なる実存の神を崇敬して居たので、ユダヤ化する事は無かったし、逆にユダヤ人の方が、日本化して吸収されたと言う事の方がずっと蓋然性が高いと思いますね。 つまり、日本文明の消化力の強さの原点は、ネアンデルタール人から受け継いだ高い民度に有ると言う考えです。
以上が、私の古墳時代にキリスト教渡来説の解析でした。
解析とは名ばかりで、殆ど、あちこちの風説を繋げたものですので、真偽の程は責任を持てません、私見で有る事を強調して置きます。www
ナニワの激オコおばちゃん
Re: 古墳時代のキリスト教伝来説
ナポレオン・ソロ さん、コメントありがとうございます。
> 逆にユダヤ人の方が、日本化して吸収されたと言う事の方がずっと蓋然性が高いと思いますね。
・・・・・日本人としては、こちらを信じたいですよね。縄文人は当時は世界最先端やった、みたいな(笑)。
下総国住人
まんまやないか!
エセ関西弁ですみません。その昔、小さい頃に芝山の有名な古墳と出土埴輪を親に連れられて見ました。
四十数年後の先日、マイブームになっていた田中英道氏の番組で、あの埴輪写真とユダヤの『帽子・ヒゲ・縦ロール』の写真が並べてあったのを観て、古墳時代にユダヤ人、もしくはユダヤ文化を持ったある程度の集団が来日していて、尚且つ房総半島の様な僻地(当時は離島みたいな所)にも至っていたというのは、とても感動的な何かを感じさせられました。
「おもろい格好してんのぅ。気に入った、ワシがあんたらの埴輪作ってやっぺぇ!」
と当時の房総埴輪製作人が言ったかどうかは判りませんが、多分そんな感じだったんじゃないかな(笑)
昔から疑問だったんです。どうして教義も儀礼も無い自然信仰である筈の(古)神道に、神道儀礼というものが生まれたのか。それは何時、どの様ににして? 特に山奥に鎮まる磐座の前に立つと尚の事そう思われるのです。
映画『インディ・ジョーンズ』の失われた聖櫃(アーク)にも出てきますが、目視したら目が潰れるどころか塩になるレベルの聖櫃等々、それらが原型になって『日本化(ジャパナイズ)』され、神輿や山車と変化して行ったという田中氏の指摘はなるほどと思わざるを得ません。伊勢神宮の祭礼にも似た儀礼はあるらしいですし。
まぁ後に、秦氏系の蘇我氏&聖徳太子が神道系の物部氏と戦う事になるなど、歴史の紡ぐ糸が何重にも縒り合わさって出来ているものだと言えるかも知れません。
毎年立ち寄る青森の戸来村のキリストの墓に、今年はあの埴輪レプリカをお供えして来たい気持ちです。