小中華、朝鮮人の行動様式は、ウソを百回言うことも恥とは思わへん。難儀やな。

頷く小


 さすがの日本のマスゴミも、このところの韓国の異常な対応については報道しないわけにはいかないようですね。そして何も考えてへんテレビ局のキャスターや、指令を受けてるんかと思われるようなコメンテーターが、頓珍漢な事をしゃべってはネットで嘲笑されるパターンが続いています。

 昨日は例の「偽徴用工」裁判の不可解判決に基づき、新日鉄住金に対して資産差し押さえ通知が届いたことが確認されたので、日本政府は日韓請求権協定に基づいて「協議」を要請したという報道がありました。この協議の要請も、たぶん棚ざらしにされて次のレベルに進んで行くと想定されますね。とりあえず、まずはノービザ廃止、と。

 そして先日のレーダー照射の件についてはインチキ反論動画を作成して公開し、世界中の失笑を買っています。わざわざ日本側が上げた日本側の映像素材を使って、そこから自国側に都合の悪い音声をカットして、意味不明なBGMまで入れていましたね。それを8か国語で拡散してるんやそうです。これまでの日本政府やったらほったらかしてたんですが、今回は日本側は英語と韓国語版はすぐに上げたようですね。

 それにしても、何でこんなアホなことを平気でするんや?という疑問に答えてくれる一文が、本日の宮崎正弘さんのメルマガの読者投稿欄に出ていました(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通巻第5948号)。読者の声1の稲村正治さんの投稿です。

 <自らの過ちを、ねつ造画像を世界中にばらまくという印象操作や、被害国日本に謝罪要求するという逆ギレ攻撃によって、うやむやにしようとする姿勢は、石平氏が、「宗族と械闘」の中で説明している「宗族」の内容そのものです。>
 <具体的に石平氏はどう説明しているかと云いますと、「宗族」は、宗族の一員が犯罪を犯した場合、何が正しいかとか何が真実かとか関係なく、どんな手を使っても全力でその一員を守ろうとする、という内容でした。>

 そういえば先日、石平さんの講演会を聞きに行った話を書きました(「石平さんの講演会。感動の瞬間や「宗族」「圏子(ちぇんず)」について。」)。この時は宗族と圏子(チェンズ)の話でした。朝鮮はもともと小中華と自称するだけあって、行動様式は「中国」人と同じですね。

 法や正義などというものは、自らの利益共同体の中だけで成立するもので、外の世界には適用する必要はまったくない、ということですね。レーダー照射の真実や、「徴用工」の真実なんかどうでもよくて、ひたすら大声で自分の主張をわめきまくって相手があきらめるまで闘う、つまり「声闘(ソント)」ですね。この言葉も「覚醒」してから知りました。忌まわしく、おぞましい言葉ですね。ウソも百回言えばホンマになる、という国ならではの話ですね。

 で、この稲村正治さんの文にはまだ続きがあって、ヘーゲル哲学の即自、対自の話になり、(私はヘーゲル哲学のことはようわからへんのですが)こう書いてはります。
 <日本人の精神構造の普遍性は、武士道に代表されるように、対自と即自が一体なのです。これはヘーゲルが理想的な人間像として説いた、まさにそのものなのです。>
 <日本はそのヘーゲルの学問を実現して見せた世界で唯一の国なのです。>

 最近、私はいろいろ勉強してきて、やっぱり日本人の原型はすでに一万年から二万年以上前の縄文時代にでき上ってたんやないかと思えるようになってきました。もともと日本列島は四季があり、海の幸、山の幸、(川の幸?)があって、食べ物には困らへんところやった、と。ただ、時々とんでもない災害が起こって壊滅的な打撃がある、そのためには普段から大規模な土木工事もせなあかんから、日頃からみんなで仲良くしてた方がええ、ということで、「和を以て貴しとなす」精神が形成されてきたんやないか、と。

 食うに困らへんから、ものごっつい時間をかけてモノづくりもして、びっくりするような工芸品をつくる人もおった、と。そんな豊かな地域やったから、実は太古の昔から周辺から人が流れ込んで来るけど、それもうまく受け容れて日本人化していったんとちゃうか、と思います。世界中が日本人化したら、きっと地球は平和になるのになあと、ホンマに思いますね。


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ナニワの激オコおばちゃん
Posted byナニワの激オコおばちゃん

Comments 5

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千曲川  

日本人化

ナニワの素敵なおばちゃんさん

 お早う御座います。
 ここにおいでの論客さんには 既に百も承知のことかと思いますが。

 仏詩人 ポールクローゼル 日本外交官

「彼らは貧しい しかし心は貴い
 唯一滅んで欲しくない民族である」
 
 昭和18年日本敗戦濃厚の時の言葉
 

2019/01/11 (Fri) 06:10

吹雪  

「哲学」 vs 「道」

>ヘーゲル哲学の即自、対自の話になり、(私はヘーゲル哲学のことはようわからへんのですが)

一般教養課程では、哲学は勉強しませんでした(法学を選択しました)ので、私も全く判りませんw なので、ヘーゲルと弁証法について少し勉強してみました。

いくつか読んでみた中で、この資料がまだ判り易かったですね。↓
https://www.tsuruoka-nct.ac.jp/wp-content/uploads/2014/04/kiyou48_01-10.pdf

まず、「弁証法」という邦訳が理解を妨げますね。「三分法」と呼んだ方が理解が早いように感じました。

世の中には、生―死、有限―無限、陽―陰、肉体―精神など「二分法」が多いのですが、現在―過去―未来とか、普遍―特殊―個別のように「三分法」という考え方があります。

「三分法」は、人間を男―女と二分した上でもう一度「人間」と追思考するような、直接的なものを両契機に分析して次に統一する方法です。三分法は明らかに二分法より優れ、二分法を包括した思考方法と位置づけられているようですね。

ヘーゲル弁証法とは、事物を「即自(an sich)―対自(für sich)―即自かつ対自(an undfür sich)」の三分法、三段階で把握し、最初の二つを対立物の同一(および差異、区別、対立、矛盾)と見て、第三のものは対立物の統一であるとまとめる方法のようです。(何か、判ったような、判らんような・・・。)

もっと簡単に言えば、事物を考察する際、以下の①から③の過程を経て行われるのがヘーゲル弁証法だと考えた方が理解が簡単ですかね?

①事物をそれ自体として単独性で考察(即自)
②事物を自他との関係性で考察(対自)
③事物の単独性と関係性を統一して自己発展するものとして考察(即自かつ対自)
(いや、これでも判り難いですねえw)

さて、ここからが本題ですが、読者の方は「ヘーゲル哲学の即自、対自の話」をどう言う意味で伝えられているかと申しますと、

人間の精神の成長を考察した場合、

即自:自分のことしか考えない子供 → 某国人
対自:他人との関係、比較の中で自分を見つめ直した青年
即自かつ対自:悟りを開いた賢者

という風に捉えられているのではないかと想像しますね。武士道もそうなんですが、日本人は事物を突き詰めて考え、それに関する技を研鑽し、最後には事物を「道」にまで昇華させることが多いですね。剣道、柔道、華道、茶道など枚挙に暇がありません。

しかし、ドイツ人と言うのは、小難しいことを考えるのが好きなんですね。大らかな日本人には無理な発想ですね。日本では「哲学」を考え出すことはできませんでしたが、それに勝るとも劣らない深い思考の産物である「道」を作り出したことを誇りに思いますね。

2019/01/11 (Fri) 11:17

ナポレオン・ソロ  

日本人の歴史は、12万年前の列島に既にその痕跡が有る

 ソロです。 やぁ、2万年前迄遡れましたか、でも、其れって
縄文草生期ですから情報が30~40年前ですね。 私の出身地の
指宿には、西多羅ヶ迫遺跡と言うのが有って、2万8千年前と思
われる畑の跡が見つかって居ますよ。 他にも、種子島には、
3万5千年前の炊事場の跡が、福井県には、12万年前の人類の
生活痕が遣って居居るそうです。

 亦ドイツの学者が、日本人のDNAとネアンデルタール人のDNA
を比較した処、50%以上合致したとの事、つまり、日本人は、4
種類「=ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトス、ホモ・サピエンス、
そしてホモ。ネアンデルタールシス」知られている人科の霊長類
の裡の、ホモネアンデルタールシスとの中間種で有る可能性まで
指摘されているのですよ。

 そりゃあ、朝鮮人やシナ人とは、似ても似つかないのも当然です
ね。 ネアンデルタール人はイランの洞窟に墓が有って、中から、
遺体を埋葬する時に入れたと思われる、花の花粉の化石が発見されて
いるとか、即ち、死者に対する死後の世界での思いやりが、既に形を
示す事で持って居たと思われます。

 此処から私の妄想ですが、12万年前と言えば、前の氷期のピュルム
期より、5万年も前の間氷期に当たりますから、15万~20万年前に、
アフリカの大地溝帯を出発した、ホモ・サピエンスは、ユーラシア大陸
島の東端に辿り着いた。 其処には、既にネアンデルタール人「=旧人」
が、生活圏を持って居て、最初は狩られて居たと思われます。
 然し何かの契機で、交流が始まり、原日本人は、旧人に色々な智慧や
工夫を教わった。

 先ず、当時はシベリアは、亜熱帯~温帯の気候で、植生も豊富だったし、
大型哺乳類も、ナウマン象やマンモス、大角鹿と数多くいたので、食糧
には困らなかったが、次第に寒冷化して行って、サーベルタイガーなどの
大型の捕食獣から死に絶えて、今から7万年前には、ピュルム氷期が本格化
しました。

 シベリアでは大絶滅が起こり、さしものマンモスも、シベリアでは、
暮らせなくなり海退現象で繋がった、陸境を伝って列島にマンモスが
逃げ込んできますが、そのマンモスを追って、原日本人も旧人も、
列島に本格的に居を移します。 そして、其処で、人種の交流が生ま
れた、と私は、思っ居ます。

 旧人の絶滅は、3万年前だと言われて居ますが、是は、新人の我々
には母子感染のウィルスが有りますが、病気を発症したと言う話は、
ありません。

 つまり新人には、新たなウィルスには、元々免疫が備わって居たと
考えるべきでしょう。処が、旧人にはそれが無かったとしたら、新人
から生まれた混血児は、病気を発症しないが、旧人から生まれた混血
児は、病気を発症して死に絶えた、と考えれば世界で一斉に、旧人が、
絶滅した理由に成る
と思います。

 そして、旧人は、知恵と工夫を与えてくれる神の様な存在と崇めて
居る裡に、本当に神として崇める様になった、と思います。ですから、
古事記に「我ら神の子にして、皆、等しく神聖である」と云う文章が
有るのだと思いますね。

 そして、日本人と言うのは、日本列島と言う式が有るが故に、自然
の変化が激しく、夏は豪雨や大風、冬はドカ雪、そして、地震があり
津波が有り、火山の爆発まである。人間は、大自然の脅威の下で、
何とか生き延びようと、皆で対立するより、力を併せて、一人でも多く
生き延びようと、旧人に学んだ方法をさらに発展させて、此の列島で
生き延びて来た。 それが私たち日本人なのです。 つまり、日本の
自然の厳しさが、和の国日本を作り上げた、と言って良いですね。

 でも、日本人にとって、自然は有り難いものでも有り、掛け替えの
ないモノでも有ります。 日本人で、自分達だけ豊かで楽で有れば良い 
なんて考える人間は居ません。 此の受け継いだ有り難い国日本を、
更に良いものにして、子孫に引き渡したい、と思って居なくては、日本人
としての、共感を持てませんね。

 私の長広舌は是にて終わりです。長々と相スミマセンでした。
 

2019/01/11 (Fri) 16:41
ナニワの激オコおばちゃん

ナニワの激オコおばちゃん  

Re: 「哲学」 vs 「道」

吹雪 さん、コメントありがとうございます。
私は学生時代にちょっとだけかじってみました。
「正・反・合」とか、「止揚」とか「アウフヘーベン」とか(笑)。
またある本で、「生きるというまさにそのことのせいで人は死ぬ」とか書いてたのを覚えてます。
それなりにものすごい発見をした気にもなってました。
まあ「理屈」ですね(笑)。

2019/01/12 (Sat) 21:35
ナニワの激オコおばちゃん

ナニワの激オコおばちゃん  

Re: 日本人の歴史は、12万年前の列島に既にその痕跡が有る

ナポレオン・ソロ さん、コメントありがとうございます。
今日もまた、勉強になります。

2019/01/12 (Sat) 21:36

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