昔の半島はもともと日本人が渡って発展してたんや。今の韓国人とは無関係?

指差し小


 前に日本会議が出している会員誌『日本の息吹』12月号の田中英道さんの記事を紹介させてもらいました(「聖徳太子の頃には既に、ユダヤ人は日本に入ってたらしい。埴輪があるんやで。」)。引き続き1月号についても紹介させてもらいます。第13回「日本と朝鮮の関係」です。前の記事は、4世紀から7世紀にかけての日本は人口が増えて栄えていて、そのころに活躍した秦氏の一族というのはユダヤ人ではないか、ということが出土した埴輪から推察され、DNA鑑定からも傍証を得られている、というような話でした。

 日本列島はもともと何もないところで、そこに大陸や半島から進んだ文明が伝わってきたんや、というイメージは、私らの年代では普通やと思います。戦後教育がそもそも歪んでたし、近年になってからも教科書には「近隣諸国条項」などという国辱ものの規定があることから、一向にその歪みが解消されませんね。学会も古い解釈を改めることはないようです。

 田中英道さんは書いてはります。
 <これまで日本の文化は、中国、朝鮮からもたらされたという考え方が強固にありました。しかし現在はそうした考えは出来なくなっています。彼らが、日本に稲作も鉄器も仏教も伝えたとされてきましたが、彼らは朝鮮人ではなく、逆に日本から移民した人々であったのです。>

 縄文時代の何万年も前から日本列島にはもともとの日本人がいて、九州にも、沖縄にも、半島にも移り住んでいた、ということやそうです。それは発掘された人骨の観察によっても、DNA鑑定によっても言える、と。『日本書紀』には、神功皇后の三韓征伐の話が出ていて、それは新羅を降伏させた後、百済も高句麗も従えた、という話なんですが、もともとが日本列島から来た人たちの国やったから、簡単に国譲りができたんやろう、ということです。

 <七世紀までの朝鮮半島の人々は、新羅、百済、伽耶など、あたかも独立した国家があったかのように言われてきましたが、日本人がそこに移り住み、混血した人々の国家だったと推測されるのです。>

 有名な「白村江の戦い」で日本は負けたのですが、この戦いは「倭国・百済遺民の連合軍と、唐・新羅連合軍との戦争」で、言うてみれば日本と唐の戦いみたいなものでしょう。これにより日本人は朝鮮半島から撤退したのですが、これを見ても「任那日本府はなかった」などとはもう言えない、ということのようです。

 何が何でも日本より優れていた、と考えたい韓国人と、それにおもねる日本の学者たちが話をややこしくしてるだけで、今やこの当時の朝鮮半島の人骨もDNAも、現韓国人とは大きく異なっていることがわかっているんやそうです。まあ韓国人の歴史はファンタジー、「中国」人の歴史はプロパガンダ、日本人の歴史はヒストリー、と言われるだけのことはありますね。

 その後の歴史をよう見ていくと、日本というのは半島に関わってへん時の方が、平和で安定してたんとちゃうか、と思いますね。断交に向けて、しっかり手続きしていってほしいと思います。関わったらあかん。


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ナニワの激オコおばちゃん
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愛信  

高円宮家とワールドメイトとの接点

1992年8月16日には、皇太子と小和田雅子の5年ぶりの再会デートが、柳谷謙介・元外務次官宅
で突然セッティングされるという奇妙な事態も起きる。
雅子妃との結婚を反対していた昭和帝の崩御を待っていたかのようなタイミングだった。
何かが動いていた。

小和田、高円宮、外務省、創価学会

【関連情報】
【日本が好きなだけなんだよ】高円宮家とワールドメイトとの接点
http://koramu2.blog59.fc2.com/?q=%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%88&charset=utf


先帝陛下(昭和天皇陛下)は皇統継承者は常陸宮殿下と指名しています。
 そして、その後の天皇は秋篠宮としています。 
 従って、今上天皇陛下(平成天皇陛下)は正式な皇統継承者で有りません。
 平成30年の長きに渡り日本民族が戴いて来た天皇は偽者天皇と言う事になります。

詳細は
【創価学会の掲示板】をカチッとね!
http://www.aixin.jp/axbbs/snt/snt0.cgi

愛信情報市場(アメブロ版)
https://ameblo.jp/ax02ameba/

2019/01/11 (Fri) 20:34

日本国民  

古代オリエントからの伝承

昔日、「天皇シュメール起源説」などと取り沙汰されたことが
ありますが、此の件に関する書籍は敗戦後、「八紘一宇」に
つうじることから、GHQによって徹底的に焚書処分にされました

シュメール人は紀元前1950頃に滅びておりますので時系列として
考え難い起源説と云えるでしょう。

実際に日本に航海術を駆使してやって来たのは古代イスラエルと
フェニキア人でした。

縄文晩期の日本に、大航海をして来ることができたのは、
紀元前7世紀にアカバ湾から地中海までアフリカを一周した、
このフェニキアの船団しかありえないそうです。

製鉄に関しては、世界初の鉄器文化を持つヒッタイト族という
話になりますが、ヒッタイト族は内乱・食糧難や、
海の民(フェニキア人)の影響で紀元前12世紀頃滅んでいます。

その後地中海交易で全盛期を迎えたフェニキア人。
ヒッタイトの製鉄技術がフェニキア人たちの手で縄文後期に
伝わったとされています。

白人の俳優が主役をつとめたモーセの映画「十戒」や、
ヨーロッパに伝わったキリスト教による「イエス」の肖像画などから、
イスラエル(ユダヤ)人は、“白人系”かのように考えておられるかたも
多いかと存じます。
白系ユダヤ人は8世紀ころにユダヤ教に改宗した
東欧系白人(ハザール汗国)たちです。

それ以前の古代イスラエル人はイエスも含めて風貌はアジア系で、
DNAから見ても縄文人に近い存在だそうです。

日本各地に古代オリエント(イスラエル)に因んだ形跡は数多く、
丹後の「真名井神社」、出雲の「真名井神社」、熊野の「真名井社」、
高千穂峡の「真名井の滝」など。

「真名」(まな)の語源は、古代イスラエルの民がエジプト脱出後、
モーセとともに荒野を40年間もさまよったとき、神(天)から
与えられた「マナ」とよばれる”朝つゆ”に由来します。
「古代オリエント」から大航海をして、縄文晩期の日本列島に
来た人々にとって、日本ではあたりまえですが「豊富で清らかな水」は、
彼らにとっては渇きをいやす“いのちの水”でした。
彼らはそれを“マナのような水”として「真名井」と
名づけたのだそうです。

特亜の発生した地域とのかかわりではない処が非常に嬉しく、
そして納得と云った所感です。

2019/01/11 (Fri) 22:43

吹雪  

日本人と朝鮮人の混血児は何語を話していたのでしょうか?

<七世紀までの朝鮮半島の人々は、新羅、百済、伽耶など、あたかも独立した国家があったかのように言われてきましたが、日本人がそこに移り住み、混血した人々の国家だったと推測されるのです。>

本当にこれが歴史の真実だと思いますね。「遅れた日本は文化を中韓から教えてもらった」というプロパガンダのために、日本の考古学や歴史学が歪められ、その発展がどれだけ毀損されたかと考えると怒りがこみ上げますね。

しかし、日本人との混血なら、どうして朝鮮半島の人々は穏やかな性格ではないのでしょうか?それだけではありません。日韓併合前の朝鮮半島の状況を見ると、文化的に非常に遅れ、不衛生で不潔極まりない状態でしたね。あの不潔さは日本人の混血とはとても考えられません。

これは、朝鮮半島が中国の属国になり、そしてモンゴルに征服されて大陸系の人種との混血が進んだからでしょうね。そのように考えると理解はできます。元に征服された後の朝鮮半島の人々は、それ以前の人々とは全く別種と考えた方が良いのかもしれません。

もうひとつ不思議に思っていたのですが、古代朝鮮人は何語を話していたのでしょうか?今の朝鮮語と同じような言語を話していたのでしょうか?古代に日本が朝鮮半島に一定の勢力圏(任那)を築いていたのは事実だと思いますが、例えば任那で混血が進んだとして日本語、朝鮮語のどちらを話していたのでしょうか?

そもそも朝鮮語はどうやって成立したのですかね?日本語が変化して朝鮮語になるほど類似性が高いのでしょうか?言語を調べると新たな発見があるかもしれませんね。変なプロパガンダが無ければ、日韓で協力して歴史的、考古学的に有意義な協同研究ができるかもしれませんが、今の韓国人では不可能ですね。残念なことです。

2019/01/12 (Sat) 07:50

ナポレオン・ソロ  

古代の日本とオリエントとの交流

>日本国民さん ソロです。
 私は歴史ファンなのですが、持って居る夢として、世界史
を、一つの時系列の中に納める事は出来ないものかと、常々
思って居ます。色々調べて行きましたら、白人についての歴史
は、一番早く文明化したゲルマン族でも紀元前10世紀と世界的
に見ても非常に遅い事が、判ってきました。

 すると、白人側には、歴史コンプレックスと言うものが潜在
して居て、それが、ご指摘のイエスを白人だったかの様に描く
事が、然も当たり前の様になって居ますが、彼は、青人と呼ば
れる、欧州文明の基礎である地中海文明、否、氷期の寒の戻り
現象である、ヤンガードリアス期の現象「=大雨、洪水」の
伝説「=ノアの洪水」の黒海文明を創った、原アーリア人や
ローマ人と同じカテゴリーに入る人種です。

 コーカソイドでも有色のセム(ヘブライ他)やハム(アラブ
族、エジプト?)の一種で、ヘブライ人であり有色人種なのは
明らかです。 序に、キリスト教は、ファリサイ派ユダヤ教士師
のパウロが、改竄した、ゲッセネ派ユダヤ教でしかありません。

 そのヘブライ人の最盛期が、ヘブライ人の民族史である
旧約聖書に書かれている、ダビデが建国したユダヤ・イス
ラエルであり、その子ソロモンの時に、絶頂期を迎えました。
是がBC6~7世紀だと言われて居ますが、元々は、スメール人
のメソポタミア文明のウルと言う城塞都市を捨ててユーフラ
テス河を遡ったのが、アブラハム率いるヘブライ族でしょうが、
是は、紀元前30世紀辺りの事ではないだろうかと思って居ます。

 ユダヤ・イスラエルは、絶えず、メソポタミアの勢力から侵略
の圧力を受けて居ましたが、それは、位置した場所が、地中海交
易の拠点だったからで、事実、ソロモンの時代には、レバノン杉
の交易で大儲けして居ます。

 処が、好い事は長く続かないのは古今東西同じで、新バビロニア
に攻め落とされ、ヘブライ人は、新バビロニアに連行されます
(バビロンの虜囚)是が、BC5世紀ごろなのですが、この時、十二
支族に分かれていたヘブライ族の裡、11支族が世界に散っています。

 この一つが、フェニキアの船に乗って、最初は、インドに
上がり、其処から南回りの南伝仏教と同じルートを辿って、
紀元頃「=開化帝が九州から大和にお戻りになられた頃」日本に
上陸、最初は九州に居ましたが、当時は「倭国大乱」の晩期で、
九州の海人族の国は、隼人と熊曽が、大和朝廷に着くか否かで
争いが続く不穏な場所だったので、其れに巻き込まれるのを
懼れて、当時は未だ、大和朝廷の手が及んでいなかった、嘗て
長脛彦が逃げ込んだ、蝦夷族の日高見の国「=東北・北海道」
に渡ったと考えて居ます。

 そして、東北で鉄を掘り出す心算で山を開鑿したら、思いも
懸けず、金が出たと言う事ではないかと思うのです。 東北の
金は今は掘り尽くして無いのかもしれませんが、例えば、薩摩
の菱刈金鉱のように20世紀に成って、新たな大きな鉱脈が発見
される可能性もありますね。

 そして、航海術や造船の技術も、フェニキア人に学び、
津軽半島の十三湊を根城にした、砂金を使ったシナとの交易
を行い、やがて、沿海州に興る渤海との交易の中心として
栄えますが、日本海の大地震による大津波で、十三湊が
壊滅して終い、その中心に居た坂東氏も衰退して終います。

 この辺りは、偽書だと言われている「津軽外三郡誌」に
記述が有ります。

 維新を分岐点として、日本の歴史は大きく改竄され始めて
居ますが、其れは、儒教や西洋の歴史コンプレックス史観とも
言えべきバイアスの為せる業で、ある時期以降、私は一切信用
できないと思う様になって居ます。

 その代表的なものが朝鮮半島に関する記述で、そも朝鮮半島
は高緯度に有る為に遅くまで、氷河が融けず、農耕には不向きな
土地だった事は明らかでしょう。 然も、水温が15℃以上に成ら
ないと、実を結ばない、熱帯原産の稲が、半島経由で日本に入って
来ると言うのは、明らかに後世の非科学的な捏造です。

 凡そ7400~6900年に、南九州の鬼界が島辺りの海底火山の終局的
噴火で、火砕流の大津波に呑まれた九州を逃れて、半島に避難した民が
半島最初の農耕民だったと考えるのが順当だと思って居ますから、
ブログ主様の仰っている事が大正解だと思いますね。

 スイマセン、つい、調子に乗って長々と書いてしまいました。
 前回に続き、ごめんなさい。

2019/01/12 (Sat) 08:07

彩希  

To 愛信さん

そんなの仕方ないでしょう。雅子様のお気持ちが変わられるまで8年も待ち続けられたのは皇太子殿下です。その間、殿下のお気持ちを変えられる方との出会いもありませんでした。如何に皇太子妃のお立場になられる方を一般女性から見つけるのが難しかったかと言うことです。

今は御譲位も決まり、御公務にも懸命に励んでおられる雅子妃をお支えすることです。皇后陛下から次代の皇后陛下へと受け継がれて行く皇室伝統の養蚕も雅子様が引き継がれて行き、やがては悠仁親王殿下のお妃になられる方が継承されるでしょう。我々臣民としては皇室の古来よりの伝統を誇りに思い皇室を存続させて行くことなのではありませんか。

2019/01/12 (Sat) 08:55

彩希  

🙇ちょっと長過ぎてどうかと思いましたが私の保存資料です。おばさまの参考資料の一端にでもなれればと貼ります。

日本人の遺伝子は異質!!である!!
2015年11月20日01:23

【日本3民族 遺伝子上(Y染色体ハプロタイプ)からは(主なもの)】
-------------------------------------------
【 本土日本人 (%は混血比率)】
・DE系統D亜型D2A(約40~50% YAPあり)
・NO系統O亜型O2B1(約20~30%)
・NO系統O亜型O3(約18~20%)

※ 縄文人:D2Aと推定される
※ 弥生人:O2B1と推定される(O3も含む可能性あり)
その他として数%「C1(日本固有)」「N」「C3」「O2B*」が検出される。
-------------------------------------------
-------------------------------------------
【 沖縄県民(琉球民族)(%は混血比率)】
・DE系統D亜型D2A(約50~60% YAPあり)←本土日本人より高い
・NO系統O亜型O2B1(約20%)
・NO系統O亜型O3(約20%)
-------------------------------------------
-------------------------------------------
【 アイヌ民族 (%は混血比率)】←★NO系統無し
・DE系統D亜型D2*(約75~80% YAPあり)←極めて高い
・DE系統D亜型D2A(約 8~10% YAPあり)
・CF系統C亜型C3(約10~15%)←【*注】
【*注】オホーツク沿岸民族と推定される系統が入っている
-------------------------------------------

「本土日本人、沖縄県民(琉球民族)」 と 「中国人(漢民族)、韓国人(韓民族)」とはかなり異なります。
-------------------------------------------
【 中国人(漢民族 %は混血比率)】←★DE系統なし
・CF系統C亜型C3 (約 8%)
・NO系統O亜型O1A(約10%)
・NO系統O亜型O2*(約10%)
・NO系統O亜型O2A(約 5%)
・NO系統O亜型O3 (約54%)←★中国人(漢民族)の主系統
※地方差あり
-------------------------------------------
-------------------------------------------
【 朝鮮人(韓民族 %は混血比率)】←★DE系統なし
・NO系統O亜型O2B*(約30%)
・NO系統O亜型O3(約45%)←★中国人(漢民族)の系統
・CF系統C亜型C3(約12%)←モンゴル人と似た系統

その他として、数%「D1」「O1A」「N」「K」「D2」「O2B1」が検出される。
-------------------------------------------
朝鮮人は、O2B*とC3の混血をベースに、中国人(漢民族)が大量流入したように見えます。「DE系統D亜型D2A」については、韓民族は全く含まれていませんから論外です。「O2B1(弥生人)」と「O2B*(韓民族)」ですが、

------------------------------------------------
・O2B*(O-M176*)→ベトナム、満州族、朝鮮民族(47z突然変異なし)
・O2B1(O-47z)→本土日本人、沖縄人(47z突然変異あり)
------------------------------------------------
「ISOGG Possible time of origin O-47z→7,870 [95% CI 5,720~12,630] years」
「47z突然変異」は約7870年前(最小5720年~最大12630年前 確率95%)に発生。

,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,+----------------------------- O2B*
O2B ----+
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,+---★------------------------ O2B1
,,,,,,,,,,,,,,,,,, O-47z発生
,,,,,,,,,,,, (5720~12630年前)

満州族、朝鮮民族、ベトナム民族等のO2B*と、弥生人のO2B1は、約7870年前に完全に別れ、その後、何ら接触がなかったという事です。もちろん、弥生人は朝鮮半島を経由したのかもしれませんし、あるいは中国から直接来たのかもしれません。しかし、経由でも痕跡くらいは残っているはずですが、中国東北部から「O2B1」が検出されない為、弥生人は中国本土から直接渡来した可能性があります。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%B0%91%E6%97%8F#....

ttp://www1.parkcity.ne.jp/garapagos/1-2.htm

「Y染色体ハプロタイプ」から「日本民族」の系統を、おおよそでまとめてみると、以下の通りとなります。

私たち、現世人類(ホモサピエンス)は、東アフリカの熱帯で誕生(約20万年前)し、約14万年間はそこで暮らしていました。いわば熱帯産まれの熱帯育ちです。そこで、部族間で顔かたちがある程度異なるような多様化をしていたと思われます。 今から70000年~75000年前、インドネシアのスマトラ島にある「トバ火山」で、極めて大きな大噴火が発生し、噴煙が地球を覆って、地球規模の大寒冷化を引き起こしました。アフリカも、深刻な寒冷化、大干ばつが発生し、サピエンスを襲いました。 しかし、これをきっかけとして、今から約6万年前(もう少し早かったのではという説もありますが)に、生まれ故郷であるアフリカの熱帯を後にして、東へ向かったサピエンスが現れました。それが今、アフリカ以外の世界中に広まり、私達の元となった「CF系統」「DE系統」の民族です。(出アフリカを6万年前として以下にまとめてみます)
--------------------------------
・AとBはアフリカに留まりました。
・CF系統から、約70000年前(アフリカ内で)に、Cが産まれました(CF系統C)
・CF系統から、約45000年前(インドあたりで)に、Fが産まれました(CF系統F)
・DE系統から、約68000年前(アフリカ内で)に、Dが産まれました(DE系統D)
・DE系統から、約55000年前(中東あたりで)に、Eが産まれました(DE系統E)
--------------------------------
・CF系統C →後のモンゴル人です(その他の民族もあります)。
・CF系統F →後のヨーロッパ民族(白人)、東南アジア、中国人、朝鮮人、そして「弥生人」です。
・DE系統D →後のチベット人、そして「縄文人」です。
・DE系統E →後に中東、地中海沿岸、アフリカに広まった民族です。
--------------------------------
「DE系統DE」と「DE系統D」は、アフリカを出て東へ向かいましたが、中東付近で「DE系統DE」は留まりました。しかし、「D」は更に、東へと向かい、途中、インド洋のアンダマン諸島に一部を残して、更に東へと向かって、今から4~5万年前に、初めて東アジアに到達しました。東アジアに到達した「D」は、今から3万8千年前に、2つに分かれ、その一方は、日本列島に向かって、今の日本人(大和民族)、アイヌ民族、琉球民族の3民族の元となった民族(D2、すなわち縄文人)となりました。そしてもう一方は、チベット、ブータンに至った民族(D1とD3)となります。さて、中東付近に留まった「DE系統DE」は、こちらも2つに分かれ、新たに産まれた「DE系統E」は中東、アフリカ、ヨーロッパ地中海沿岸(ギリシャ、イタリア、エジプト、その他)へと向かいました。しかし、2つの系統「D」と「E」を産み出した「DE系統DE」は、その後、地球上から消えてしまいます。
★日本人と「チベット民族、そして中東、地中海沿岸民族」とは近縁であるというのは、こういった経緯があるからです。そして、日本列島では、しばらくの間(1万年~2万6千年間)、縄文人(D2)だけの世界が続きます。
「wikipedia」を参照して下さい。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E...
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E...
【DE系統E亜型E1b1b】
ttp://www.eupedia.com/europe/Haplogroup_E1b1b_Y-DNA.shtml

--------------------------------
さて次に、やはり6万年前にアフリカを出て東へ向かった、別の系統「CF系統F」です。「CF系統CF」から「CF系統F」が誕生し、中央アジア(インド付近)に留まります。その後、幾たびかの変遷を経て、東アジアで一般的な「NO系統O」の民族が誕生します。2万年~2万5千年前に「O3」が誕生し、今の中国人(漢民族)となります。また「O2B」も誕生しますが、こちらは今から約7870年前に、2つに分かれ、その一方は、ベトナム人、満州族、韓国人(韓民族)の「O2B*」、もう一方は「弥生人」の「O2B1」となります。 「O2B1」に「O3」も加わって、有史以前の、今から3千年~4千年前に日本列島に渡来しました(有史以降の渡来は少数です)。日本列島へ「弥生人(02B1とO3)」が渡来した後、「縄文人(D2)」との混血として今の日本人(大和民族)と琉球民族が誕生します。しかし、アイヌ民族は、弥生人と混血する事はありませんでした。
ttp://www.soken.ac.jp/news_all/2719.htm

2019/01/12 (Sat) 09:15

ちちんぷい  

大陸東亜よ、左様なら

世界史人類史について、ソロさんの概説に納得しました。私も、概ねそのとおりだと認識しています。

イエスはヘブライ人で有色人種ですが、白人社会がそれを偶像化して拝跪する一方で、有色人種を虐待して搾取し続けるのが不思議でなりませんでした。イエス自身は、ユダヤ社会の変革なり、過剰な律法主義に陥った宗教秩序を変えようとしたローカルなところを企図したものでしかありません。

それをイエスと直接会ってもいないパウロのような偏執的気質の者が回心して、信徒獲得と「宗教的領土」を拡大するうちに無国籍人種無差別の宗教にしたのですね。パウロは延々と自説をしゃべり続ける折伏強情タイプのキャラだったそうです。

キリスト教の勃興が、人類史の必然だったかどうか判然とはしませんが、美点も汚点もあったのは確実です。どんなに神を絶対化して自らを神の下僕と称したところで、しょせんは創りものですから。言葉で不特定多数の他者をどうにかしようとすればするほど、押し売り的で虚仮脅しギリギリのレトリックと宣伝と同調圧力が伴いますから、人工物の悪弊が毒のように社会にはびこります。(現在の新興カルト信仰と同じです)

地上のあらゆるものを絶対紳が創りたもうたと解釈する一神教は、使徒となればみずからの教化(=支配)を正当化できますから、その害毒をも世界中に拡散させます。その害毒を最小限に抑えられた日本の存在は、人類の僥倖と言えましょう。

その日本ですが、ソロさん指摘のとおり、鬼界島の大爆発のために南九州が壊滅状態で、九州難民が半島南部にも上陸したというのも自然な行動です。海洋民族ならではですね。それ以前から往来があったと考えられます。大勢の者が半島に「回帰」してからも、九州と縁が深かったのも当然です。大陸との交流も日本列島に残った倭人社会より深かったのも当然。

半島南部諸国には、倭人の支配者・指導者の神話があります。倭人主導で形ができた社会を、乗っ取り横取りしたのが、半島山間部の未開部族や南下してきた遊牧系の民族やその奴隷、シナ方面からの難民で、数で圧倒された倭人が日本に帰国して渡来人と呼ばれた、というのが歴史の真実だと考えられます。文物や文化は、彼ら主導で行われたのですね。半島の危機に際して、日本国がわざわざ支援を送った一因も見てとれます。

渡来人やその子孫は、幾世代かは半島に愛着があったと同時に、大陸由来のよそ者の半島定着者の資質をよく知っていたのではないでしょうかね。
豊臣秀吉の半島進行は、キリスト教国の傲慢な教化(=侵略行為)への対抗と、シナの愚かさ加減を質す意図があったらしいので、古代の渡来系の情緒などは消え失せています。半島に上陸した武将たちも、こんな土地を封地としてもらってもなあ、と内心ではばかばかしいと、やれやれ感もあったようで。

現在の本来の日本人には、もはや半島や大陸諸国に、なんら心理的な深い愛着や懐古するほどの履歴もありません。
無理に半島との深い縁を煽る変な日本人(古代とは別の渡来人や異教徒やアカい新宗教)の言説は、歴史に逆行しています。

東亜大陸諸国とは、他の100以上の世界諸国と同じ態度で臨めばいいです。むしろ、地理的に近いぶん彼らの不始末や損害に巻き込まれるリスクの大きさがあるくらいです。利害にかかわることは、国益第一に判断すればいいだけですね。

2019/01/12 (Sat) 14:10

日本国民  

To ナポレオン・ソロさん

歴史にとても関心と興味がおありだという事が、今回のくだりと、
他サイトでのコメントでも多々拝見して、よく分かります。

とても感心するとともに非常に勉強になるので、ソロさんのコメントを
見つけた時は、必ず目を通すようにしています。

私の場合には、表面を上滑りする程度の知識しかありませんので、
ソロさんの深く広い知識には感嘆するばかりです。
夢を現実化できるといい、いえ、ソロさんならやり遂げると思いますし、
期待もしています。

話は変わりますが、日本は火山列島と云われるくらいの土地柄から、
本来は鉱物資源が豊富で、それを目当てにソロモン王は、「タルシシ船団」
と「ヒラム船団」を派遣してきたのでしょうね。

昨年の5月ハワイのキラウェア火山の爆発時、空からペリドットと
云う半貴石の宝石が降ってきた位ですから。マグマの熱と圧力は
すごいですね。

土地の高低差が激しく、雨量の多い日本列島では河口付近に鉱物類が流出
しており、それを目的として各河口に近い自然港に彼らは船舶をよせて
いたようですね。

ひょっとしたら、EEZ内の海底にもメタンハイドレードなども含めて、
日本にはまだ見ぬ資源、宝の山があるやもしれませんね。

多資源を持つ地域は何かと、戦乱動乱の坩堝となりやすかったことから
いま現在以降に法の秩序と公平さを念頭に置いた世界秩序が構築され
始めたことが、日本国にとって幸いなこととなりますようにと
願って止まないです。

安倍総理は、本当に周囲の妨害による辛酸を舐めながらも
よくやってくださっていると思います。
感謝ですね。


2019/01/12 (Sat) 14:10
ナニワの激オコおばちゃん

ナニワの激オコおばちゃん  

Re: タイトルなし

彩希 さん、保存版、ありがとうございます。
教科書もここらへんをもっと充実してほしいですね。

2019/01/12 (Sat) 21:38

てるてるお東  

秦氏と梅原猛

今日は。

厩戸皇子とイエス誕生時の酷似も有名ですが・・・
聖徳太子の後見人、秦河勝の誕生時の話も大変なものです。
何しろ「河勝」って文字自体が変な名前って感じでしたが・・・
文字通り「河に流されて助け上げられた」という意味です。
秦氏の・・「観阿弥・世阿弥」どちらかの著書に詳しく載ってるようです。
モーゼの名前の意味も「すくい上げる」で、河に流されて救い上げられたわけです。

つまり、厩戸皇子と(その後見人)秦河勝の2者の名前でもって、
新旧聖書の代表的人物を端的に表現してるわけです。
世界のキリスト教徒やイスラム教徒はその2者の名前(の意味)だけで、
あっと驚くんじゃないでしょうか?
勿論秦氏が付加した伝説じゃないかと思われます。

で、有名な法隆寺論の「隠された十字架」の梅原猛氏は、後に・・・
タイトルは「法隆寺とキリスト教の関係」の暗喩のつもりだったと語り、
その著作の当時は「それを断定するだけの自信が無かった」が、
今は断定したいという感じで書いてました。
さらに・・秦河勝はキリスト教信者であり、聖徳太子も
その影響受けていたと書かれてました。

秦氏の一族が渡来した時は大変な規模だったんですね、
当時の天皇が歓迎の意向だったが・・・なかなか朝鮮半島から
こられなかった、日本から援軍を送ってやっと渡来できたと。
一年がかりの話のようで、それ自体が大変な出来事な気がします。
日本からの歓迎ぶりも・・・・

秦氏は中国の秦に関係とか、弓月君からシルクロードの弓月国
の関係も言われたりしてるようですね。
当然、日本の機織りのハタは秦氏のハタでしょう、
秦氏が絹産業を独占してたようですし、またシルクロードでも
絹貿易にはユダヤ人がかなり関わっていたとも言われてるようですね。
秦氏は今の日本酒醸造の技術も開発したようですし、
それから国語辞書で「はたもの」を引くと・・・
「磔(はりつけ)に用いる木材。また、磔にすること」の意味もあります。

佐伯好郎氏についてですが、騎馬民族征服王朝説の江上波夫の師匠だったとか
・・・元々騎馬民族征服王朝説というのは中東あたりから来たというのが原点
みたいです(江上氏はそれをより差しさわりの無い形で出した?)

また三笠宮崇仁親王殿下はオリエント史をライフワークにされてましたが、
ヘブライ語も話され、殿下と親交のあったマーヴィン・トケイヤーさんの著書に
こうあります。
>それはユダヤ人およびイスラエルを理解することは、単に西洋の文明を理解する鍵なのではない。オリエント、東洋についても真に理解する鍵でもあると気づいたというのである。ユダヤ人は西洋と東洋を結ぶ橋であり、歴史の謎を解明する鍵なのだと。
 こうして、歴史は三笠宮をユダヤ人へ連れていった。そしてユダヤ人は、三笠宮を自分自身の真の発見に引き戻してくれた。
 三笠宮は、もはや日本人としての自分を恥とはしなくなった。いや、自分が一人の日本人であり、また皇室の一員であることに確固とした誇りを持てるようになったという。
(ラビ・マーヴィン・トケイヤー著、久保有政・訳、『聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史―失われた10部族の謎』より)

寬仁親王殿下は女系天皇が容認されそうな議論の時に異議を発表され、
ここでも話題となっていたY染色体のことも話されたわけですね。

現在、イスラエルの失われた十支族の調査機関が、シルクロード沿いにその
失われた支族の痕跡を探し出し、日本にも大いに興味を持ってるようで、
特に日本の神道とユダヤ教との多くの共通点に最大の関心があるように思われます。

2019/01/13 (Sun) 09:02
ナニワの激オコおばちゃん

ナニワの激オコおばちゃん  

Re: 大陸東亜よ、左様なら

ちちんぷい さん、コメントありがとうございます。
渡来人のところ、よくわかりました。
今はもう、とにかく半島の人たちとは関わらんことですね。

2019/01/13 (Sun) 12:29
ナニワの激オコおばちゃん

ナニワの激オコおばちゃん  

Re: 秦氏と梅原猛

てるてるお東 さん、コメントありがとうございます。
いやあホンマに歴史は深いですね。
ユダヤとのつながり、これからもいろいろと出てくるんでしょうか。
私は江上波夫さんの騎馬民族征服王朝説は、お話としては面白いけれど、いろいろと無理がある、と聞きましたね。

2019/01/13 (Sun) 12:39

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