台湾独立の絶好のチャンスがあったとはな。潔すぎた日本人。もっと狡猾になってみたらどうや。

自転車小


 ダイレクト出版さんから出ている「藤井厳喜の日本再興戦略」という講座のプロモーション動画があって、その中で講師になってはる林建良さんという人の話を聞いて、なるほどと思うことがありました。この林さんは台湾の人で、奨学生として日本に来て、東大で医学を学びはったそうです。Wikipediaには「医師としての仕事のかたわら台湾正名運動と台湾建国運動を展開している」と書いてあります。

 日本は先の大戦で、連合国に負けたわけですけれど、当時台湾にいた日本軍はほとんど無傷で、20万人もいたそうです。実はこれだけの軍隊がおったら、その時に台湾は独立することもできたんや、と言うわけですね。終戦の1945年8月15日から、国民党が占領にやって来る10月17日までの間は無政府状態やったんですね。

連合国に降伏した日本軍の武装解除のために、蒋介石率いる中華民国・南京国民政府軍が1945年10月17日に約1万2,000人と官吏200余人が米軍の艦船から台湾に上陸して来た。その兵士達は鍋釜をさげ、薄汚れた綿入れを着込み、ほとんどが草履履きで素足のものもいて、隊列はだらしなく曲がり、だらだら歩いていた(Wikipedia)

 このことを台湾の人たちは、「犬が去って豚が来た」と言うてはるそうですね。武装解除される日本軍の方もぶったまげたことでしょう。台湾では粛々と武装解除に応じましたが、インドネシアなどでは残っていた日本軍人が現地の人たちといっしょに戦って、欧米諸国からの独立を果たしたという話はいっぱいありますね。

 台湾でも終戦直後には独立を考えた人がいなかったわけではないけれど、もう、その頃には台湾人も日本人になってしまっていて、みんな「潔すぎた」んやそうです。このことを、この講座の動画の中で、林さんにインタビューしてはる藤井厳喜さんは「これが日本人のいいところでもあり、悪いところでもあるんですが」と言うてはります。

 何とももったいない話ですね。終戦直後なんてもうドサクサやから、国際法も何もあらへん、今から考えたら台湾独立の絶好の機会やったはずですね。日本人、潔すぎやな。せやけどそれは裏返したら、お人好し、あるいは間抜け、とでも言えてしまうのかも知れませんね。

 日本本土も武装解除され、警察も武器を持たされず、それをええことに朝鮮人が日本国内でやりたい放題して、駅前の一等地をたくさん奪われてしもてきたことは、今やネットでは常識になっていますね。領土で言えば竹島もそうですね。サンフランシスコ講和条約締結の直前に李承晩が奪っていった、と。

 そしたら全然脈絡のない話なんですが、今日の「宮崎正弘の国際情勢解題」で「R生、ハノイ」さんという人が、読者の声3で、「ベトナムについて」と題して投稿してはりました。最近、「中国」からの移転などで絶好調のベトナムでは、汚職が以前よりも悪化している、という情報です。

日系企業が従業員の横領等で裁判をやれば、裁判官が原告・被告の協議を開催する。その協議では裁判官への原告、被告の賄賂額を決め、その額次第で判決が左右されるらしい。汚職度が最も強いのは公安です。
日系企業も少々(10万円程度)ならベトナムの習慣と割り切り、我慢もしますが、税関検査で億円近い罰金を食らった旧財閥系日系企業もあります。
わたしの知っているこうした企業はもっとうまく立ち回れば、罰金はゼロだっただけに日系企業のよく言えば真面目さ、悪くいえば、立ち回りの下手さ、本店への言い訳材料を集める方が先という経営責任者の考え方が際立ちます。

 そうやんか、日本人、もっとうまいこと立ち回らんかいな、と思いますね。ここは「潔すぎ」ではなくて、「潔癖すぎ」という感じなんでしょうか。まあ線引きは難しいんやろうけど、お互いがウィンウィン、というのもビジネスでは大事なことやと思いますけどね。そんなことより、とりあえず、もうちょっと狡猾になってもええんとちゃうか、とも言えるかも知れませんね。

 思うに最近の日本人は、どんどんサラリーマン化していて、「責任を取る」ということをとにかく避けようとする傾向が多いんとちゃうやろか。自らの裁量で責任を取って、あるいはある程度のリスクを取って物事を進めて行く、という気概、みたいなもんが、どんどん失われて来てるように思います。それもこれも長すぎたデフレのせいや、と私は言いたいですけどね。

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