首相が今、菅直人氏でなくて良かったけど、財務省をどうにかせんと日本は滅びるでホンマに。

自転車小
 月にいっぺん薬をもらうために、近所の内科医に行ったらやっぱり、ちょっとだけゴホゴホしてる人がいました。せやけどよう考えたら、例年よりはるかにゴホゴホしてる人は減ってるように思いました。診察してくれたお医者さんも、「はっきり言うて、ここでは新型コロナかどうかはわかりませんね。やる事は風邪やインフルと同じです。インフルで死ぬ人は毎年4千人ぐらいやのに、今回の新型はまだ1人ですもんね」と言うてはりました。冷静やな。

 目の前で起こっていることに対応せなあかんのは当然ですが、その対応と、国防とかの観点での対応をごっちゃに論じると、ワケがわからんようになりますね。政府はちゃっちゃとやってくれてると思いますね。情報もできるだけオープンにしてますし。何べんでも書きますけど、あの悪夢の民主党政権と違うててホンマに良かったと思いますね。

 そしたら私が毎日読ませて貰うてる「パチンコ屋の倒産を応援するブログ」さんが昨日、「改めて菅内閣の悪事について共有されるべき」と書いてはりました。いつもながら、見事なまとめですね。菅直人元首相という人間の卑しさを、これでもかとわからせてくれはります。そらそうやで、日本国民を守る、とかの気概は何にもあらへん、ひたすら自己保身と自己満足のみ、の人やねんから。

 民主主義というのは時として、こういう人をトップにしてしまう例として、私ら国民はしっかり反省せなあきませんね。国民にこういう愚かな選択をさせるのに力があるのが、私が毎日のように言うてるマスゴミですね。今日もゴミがアホな記事を書いていました(10~12月期GDP、年率6.3%減 5四半期ぶりマイナス)。

 消費税が上げられた直後の、昨年10月~12月の国内GDP速報値がマイナスやった、という日経新聞の記事なんですが、「消費増税前の駆け込み需要の反動減が響いたほか、大型台風や暖冬による消費の伸び悩みも重荷となり」と書いています。いやいや、消費税を上げたから不景気になった、というだけの話やんか、ということですね。さすが、経済記事は必ず外す日経新聞です。同じことを「新宿会計士の政治経済評論」さんでも書いてはりました(「経済」新聞を騙り、消費増税を軽視する日経新聞)。

 菅直人元首相ほど悪人ではなくても、財務省の中の人たちは、相当の悪人ですね。まあ組織原則からして、どうしようもない部分はあるんでしょうけれど、これをどうにかせんことには、いよいよ日本の没落は決定的となってしまいますね。少し前ですが、藤井聡さんも「このままでは、日本経済は確実に「令和恐慌」に突入する。」と書いてはります。

 藤井さんはこの記事で、経済産業省の発表資料を元に書いてはります。
昨年の10月~12月の消費税直後の第四四半期について公表された経済産業省の商業動態調査から、そのダメージが決定的に深刻なものであることが明らかとなりました。
消費増税対策で導入されたポイント還元対策も五輪も終わる一方で、米中経済戦争は当面終わらず、日米FTAで対米輸出が縮小し、ブレグジットで円高になり、中東のイラン問題で石油価格が高騰するリスクもあります。さらには働き方改革の浸透で賃金も下落してくことが予期されます。
したがって、このままではほぼ間違いなく「令和恐慌」が日本を襲うことになるのです。
 今の私ら日本人は、かつて日本がアメリカというものごっつい豊かな国と、無謀にも大東亜戦争を始めてしもて、ボロボロに負けたことを知っています。当時の日本軍(陸海軍)や政府が、もうちょっとうまいことやってたら、負けることはなかったかも、なんていう話も今はたくさん出てきています。そのたびに、あの頃の日本人はアホやったなあ、と悔しく思います。

 せやけどちょっと待ってや。まさに今、私ら日本人は、明らかに間違うてる道、崖に向かう道を全速力で突っ込んで行ってるんやで、と言いたいですね。「この道はあかん、間違いや!」と、まだまだ声を上げていかなあきませんね。

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【浪速瓦版20200213】
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余命ブログ更新。目的は「あぶり出し」、見事に日本の司法の汚鮮が誰の目にも明らかになったな。
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Posted byナニワの激オコおばちゃん

Comments 5

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歴史の真実  

>当時の日本軍(陸海軍)や政府が、もうちょっとうまいことやってたら、負けることはなかったかも、なんていう話も今はたくさん出てきています。
>そのたびに、あの頃の日本人はアホやったなあ、と悔しく思います。

ブログ主さんは、「パチ倒ブログ」の感化の受け過ぎだと思います。
先達への罵倒を生きる糧にしている「パチ倒ブログ主」は、自称「反動保守」を装っていますが、所詮、蛙の子は蛙、アカの子はアカだと覚えておいて下さい。
一見すると舌鋒鋭く野党への批判に終始しているように見えますが、その実「唯物論」と「自虐史観」に固執しており、小生には左筋お得意の「内ゲバ」にしか見えません。

かつて止むに止まれぬ不可避の状況に追い込まれた日本が行ったのは「国際法遵守」の「戦争」だったわけですが、それに対して米国が行ったのは「国際法違反」の丸腰の民間人攻撃を含む唯の「大虐殺」でした。
最早「戦争」ではない、これでは「戦争」にならない。
だから日本は「戦争」に"負けた"というより「戦争」を"止めた"わけです。
日本が真珠湾を奇襲した際にハワイの「石油基地を壊滅」させておれば、その後の米国艦隊は太平洋に展開することが出来ず、日本が勝利する形で早期講和が可能だったかも等々という意見も散見しますが、たとえ早期講和が実現していたとしても欧米列強白人国家群が東亜の植民地解放まで許すことは決してなかったでしょうし、それだけではその後の日本の"被"植民地支配の脅威が消えることは決してなかったといえるでしょう。
なんせ当時の世界情勢は、日本以外の国は全て白人国家の傀儡国と成り果てていたわけですから。
玉砕覚悟で満身創痍になりながらも日本がアジア諸国の独立を支援し、それを成功に導いたからこそ、白人国家群の邪悪な野望を打ち砕くことに成功したともいえるのです。
また、あまり公にされていない事実ですが、日本は戦時中に既に核兵器開発を終えており、それを使えば日本は戦争に勝てたかもしれませんが、昭和大帝はそれを使うことを断固としてお許しにならなかったのです。
その理由は最早言うまでもありませんが、日本が掲げた戦争の「大義」を失い、何の罪もない人類の「生命」をも大量に奪うことになりかねないからです。

これも全ては神の思し召しであり、神州に住む我々日本人は、常に多大な犠牲を払いながら人類共存共栄のための「人柱」になる辛い宿命を背負わされているのかもしれません。

2020/02/17 (Mon) 21:16

あ  

蛇足ながら

 浪速のおばちゃんの括りが、多少安易だとしても、、、。
ボロさん、自分を客観視出来ていますか。
 どういう殉教をする覚悟があるんだ化ね。?????、、、?
うざいなぁ。

 チャンネル桜の最新の3時間番組で、おもしろいシフトが
ありましたよ。経済オンチのおじさんが、、、、、。

関係ないけど、三峡ダムは、武漢の上流にあります。
あなおそろし。

2020/02/17 (Mon) 23:47

彩希  

パチ倒さんが菅直人の暗黒歴史を、もう一度書いてくれて良かったです。菅直人が原発爆発させ日本国にした犯罪は市中引き回しの上、獄門打ち首に相当する。それなのにあの極悪人は反省することもなく、悔いることもなく、日本人の税金で高給を受けてヌクヌクと無事に暮らしている。

福島の人達が過酷な避難生活をしてる時に、菅直人は銀座の高給料亭で贅沢三昧をしていたことをマスゴミが報道しなかったと後になってから知りました。

両陛下も総理も避難所を訪れられたら床に座って避難民のそばに寄り励まされますが、菅直人が避難所に行った時、スタスタと歩き去って行く菅直人に、もう帰るんですか?私達は無視ですか?と呼び止められていましたね。

2020/02/18 (Tue) 05:06

八丈島  

ほんまに財務省どうにかせにゃあかんなあー。と僕も深く思います。

2020/02/18 (Tue) 15:47

歴史の真実  

重要なことなので追記しておきます!

>そのたびに、あの頃の日本人はアホやったなあ、と悔しく思います。

確かに、「アカ(ソ連)の謀略」にまんまと嵌められて、日米間で「潰し合い」を演じさせられた戦前の日本人も米国人もアホでしたが(←「ヴェノナ文書」の公開からもこの事実は明らかです)、独立回復後に全国民総意の元に「戦争の総括」を行った、たった70年前の歴史的事実さえ忘れた「戦後の日本人」の方が遥かに「超弩級のアホ」なのです。
「パチ倒ブログ主」は、自分達アカにとって極めて都合が悪いせいか、これらの事実については一切言及しません。

【年表】
▼日本は既に完璧に戦争を総括済み▼

●1951年
9月、サンフランシスコ平和条約調印
11月、大橋武夫法務総裁
「戦犯は国内法においてはあくまで犯罪者ではない」

●1952年
4月28日、サンフランシスコ平和条約発効
外務省の西村熊雄条約局長
「平和条約の効力発生と同時に、戦犯に対する判決は将来に向かって効力を失うのが国際法の原則だから、第11条はそういう当然の結果にならないために置かれたもの」(第11条は、刑の執行の即座停止の阻止が目的)
政府は拘禁中の全ての戦犯の全面赦免を関係各国に要請

5月1日、木村篤太郎法務総裁が戦犯の国内法上の解釈についての変更を通達。戦犯拘禁中の死者は全て「公務死」として、戦犯逮捕者は「抑留又は逮捕された者」に。(平和条約で戦争犯罪の撤回を認め、戦犯は国内法上の犯罪者とみなさず)

6月7日、戦犯の釈放を求める全国的な署名運動は、4千万人達成

日本が1952年(昭和27年)に独立を回復すると、国会は早速、靖国神社合祀の関係法となる「戦傷病者戦没者遺族等援護法」(遺族援護法)および「恩給法」とその関連法を制定した。

また、1953年(昭和28年)8月3日には「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が、衆議院本会議に上程され、与野党全会一致で可決された。

更に、1953年(昭和28年)8月から国会で、「遺族援護法」および「恩給法」の改正が重ねられた。

当時の国会は、「戦犯」とされた人々の遺族も一般戦没者の遺族と同様に扱うように法規を改正し、「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者とはみなさないことにし、「戦犯」とされた人々の死を「戦争による公務死」とした。

決定は全会一致だった。

「日本に戦争責任者は居ない」というのが、大東亜戦争の真実を良く知っていた当時の日本国民の総意による結論だった。

したがって、日本は既に国民の総意によって「日本は悪くなかった。日本に戦争責任者は居ない。」という総括を完璧に行っているのです。

2020/02/18 (Tue) 16:25

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