世界中が韓国から孤立wwユネスコ世界遺産の改革にも反対やて?あんたらもういらんで。


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ナポレオン・ソロ
私も、国連はもういらんと思いますね。
何故なら、先ず冷戦が終結して、共産陣営のニュースが普通に入って
来る様になった事、常任理事国の継承の仕方に、納得できるルールが存
在して居無い事、国連の名前を冠しているが、実は国連とは何の関係も
無い団体が、不正に募金を集めたり、勝手に勧告をしたり、不正・越権
行為が目に余る様になった事(特に、韓国出身の事務総長の非常識行動
は、酷かった)等々ですが、就中、国連分担金を、マトモに払って居る
のは日本だけ、と言う有り様は、既に改善の余地は無いと思います。
緒方貞子さんは、神戸在住で、御家が、海星女学院の横にあります。
私もあの辺りに一時、棲んで居たので、散歩の度に国連の偉い人と、
なんか関係が有るのかなあ、と思って居て有る人に訊いてみたら、そ
うだとの事、途端に親近感が増しましたね。
でも、今の国連は、クマラ・スワミの様に碌に理解して居ないのに、
日本を女性差別の国と言って居ますが、別に人権無視で葉定評のある
国際連合軍から謂われる様な、話では無いし同じ事が、ムスリム圏の
国の人に云えるのか? と訊いてみたい。 どうせ田島ゴリラ陽子の
様な、フェミニストBBA何でしょうね。ww
今の国連を続けて行くのには、勿論反対ですが、世界中の弱い立場
の国に居る、弱い立場の人達の救いを求める声を拾い上げて、実効の
有る支援、即ち、援助の心算で寄付したお金が、組織の人間の高い給
料になって、肝心の子供達や女性には届いて居無い現実が有る事を、
何とかしないと、特に、創価学会が噛んで居ると言う、歌手のアグネス
・チャンが広告塔だった、日本ユニセフなんて、寄付金で東京のど真ん
中にビルを建てましたからね、舐めてますよ。
そうした不良成分を一掃してからなら、そうした世界規模での救済
機関を、全宗教団体の加盟で、職員はボランテイアで、新たに組織を
作れば、良いと思います。
彩希
緒方貞子さんは私が尊敬している唯一の女性です。好きな女性なら居ますが尊敬するまでに至ったことはないです。国連難民高等弁務官をされていた時は、あらゆる紛争地域にあんなに小さな体で国連の男子職員を率いて果敢に難民の群れの中に入って行かれてました。お姿を思い出します。あの頃、お幾つだったのだろうと今、見てきたら1927年の生まれでした。弁務官をされていたのは90年代なので既に60歳を越えておられたのですね。緒方さんを通して強くて、勇敢な人こそ優しいのだと知りました。日本人女性が高等弁務官になったことでよく報道され、クルドなどの難民問題を日本人も知ることになったのではないでしょうか。
小泉政権になった時、外務大臣にと請われましたが緒方さんは断られました。代わりに選ばれたのが、あのキーキーピーピー捲し立ててるだけの田中眞紀子で何でやねん?とマジガッカリしました。😖
《最後は理論ではない。一瞬のカンです。》
▽特別インタビュー 元国連難民高等弁務官・緒方貞子さん
https://www.japanforunhcr.org/archives/3833/
(一部抜粋)
現場に足を運ぶ
緒方さんが国連難民高等弁務官在任中の1990年代、ユーゴスラビア連邦崩壊に伴うバルカン紛争、ルワンダの大量虐殺から周辺国を巻き込んでコンゴ戦争へと発展するいわゆる「大湖(たいこ)危機」、旧ソ連邦でもアルメニア、アゼルバイジャン、タジキスン、チェチェンと各地で次々に紛争が起こりました。緒方さんはスイスのジュネーブに拠点を置きながら、1年の半分以上は海外視察に飛び回る多忙な日々を約10年にわたり続けました。
―――緒方さんは現場に足を運ぶ、ということをモットーとされていたのでしょうか。
現場には「必要があれば行く」ということ。正しい情報は現場にありますから、私は現場の情報を大切にしていました。実態を把握するために現場に行き、何が不安定の本当の原因かを正しく知る。現場で状況を把握し、そこでどのように解決していくかということが大切だったと思います。同時に、相手の状況をきちんと調べて分析することも必要です。私の場合、政治理論を学んだことが分析方法を与えてくれていました。
実際、現場で入ってくる情報は全然違います。現場にいると、その状況の真っただ中にいますから、情報が次々に入ってきます。その中でこれとこれを合わせたらこうなる、という勘が経験を積み重ねるとシャープになっていく。現場に行き、色々な状況を見ているうちにどうすべきかが自ずと分かってくるわけです。現場に足を運ぶことによって状況に対応するための勘は非常に磨かれたと思います。
ナポレオン・ソロ
緒方女史の現場主義
>彩希 さん ソロです。
>>緒方女史の現場主義
私は、外国船舶の修理屋を22年位やって居ましたから、学校出たての頃から、
現場に立たされていました、最初の仕事が、船の船底に在る燃料タンクのヒーテ
イングライン(蒸気)に、亀裂があって、燃料の水が混ざって居るので、漏えい
個所を調査の上溶接修理して保ぢ五と言うリクエストでした。
私が現場についたら、20人位の小母さん達が集まって居るので不審に思って
いたら、手配した「溶接屋」の人が「今日のBBA共は、年が若いな」とか言うの
で、タンク内の拭き取り掃除の要員なんだと、判りました。
集めて来たのは、明らかに、ヤクザ系の手配師で、掃除請負専門業者から仕
事を貰って居るとの溶接屋の話でしたが「やっぱり神戸の港湾関係には、ヤク
ザが、関係しているんやなあ」と実感しましたね。
仕事が始まり、先ず右のタンクの燃料を左にシフトして空にしてから、中に
掃除屋を入れ、拭き取り、拭き取り終わって小母ちゃん達を外に出してから蒸
気を通して、漏えい個所をチェック、溶接修理を行う、と言う作業を反対側の
タンクでも行う、と言うものでしたが、言うのは簡単でも実際にやるのとでは、
緊張感が全く違います。
特に場所が、燃料タンクの中の溶接工事ですカラ、加熱管に吹き残っている
燃料が蒸発して、タンク内の臭い事「是で本当に火を使っていいのか?」と不
安になりましたので「ガス検知したんですか?」と訊くと「当たり前やろ」と、
ヤクザ風のオッサンは言いましたが、溶接屋は「ドウセ、鼻検や、けど、この
程度なら大丈夫や」と言って、有無を言わさず、溶接を始めて終いました。
実はこの直前に、拭き取りのオバサンがタンク内にいるのに、その上でタバ
コを吹かしているのを、見咎めて止めさせたばかりだったので、自分の知見の
無さを思い知らされましたね。
初仕事がこんな顛末ですから、もう危機感だらけで、以後現場に出たら学生
時代にやった事が無い下調べ=予習、帰って来てから日誌を書いて、現場で知
った事や気付いた事を書いて居ました=復習と、一生懸命にやって居る裡に、
「この仕事で飯を食うんや」と言う気持ちになってきましたww
学生時代も、是位勉強して居れば、もっとマシな仕事に、就けたかも知れん
なあと、後で思いましたがね。www
そう言う意味で、現場体験って、自分の為になると言う認識ですので、此の
緒方女史の現場主義は、ご紹介の話を読むと、目を瞠るレベルに有りますね、
男に舐められるとか、と言うレベルじゃなく、先頭に立って引っ張って行くの
ですカラ、我が身の危険なんて、あんまり考えていない様に思えます。
この無私の使命感は、戦前の日本人が持って居た、最も素晴らしいものだと
思いますが、彼女は、其れを受け継いで居ると思います。
裡のお袋が3つ上の対象13年ですが、この頃の、女性は、肚が座って居るし
気合が入って居ますね、マザコンか?と言われそうですが、私はお袋を尊敬し
て居ます。
彩希
To ナポレオン・ソロさん
凄いでしょ、緒方貞子さん。緒方貞子さんのように成りたいとか、武士の妻のように凛としていたいとか思っても、そんなの全く無理です。お手本となる憧れる女性が居たのだというだけで私には十分です。ただ、日本は、あんなに強くて誇り高くて果敢な女性達が生まれる素地のある国だったのだという事は覚えておきたいと思います。
当然、結婚してらしたので御主人も一緒にジュネーブで暮らされていたのかどうか知りませんが、妻が活躍するのを許して邪魔をなさらなかった御主人も凄い方だと思いました。昔の男って女は家に居て夫と家族に尽くす者と縛りつける支配的なイメージですから。