終戦直前、日本は原爆実験に成功してたんやけど、昭和天皇は開発には反対されてたそうです。

自転車小


 GHQが戦後日本人に、いろんなことを隠してきたことは、今ではもう常識になっていますね。私は焚書というのは秦の始皇帝の時代の話で、そんな野蛮なことが20世紀の、しかもれっきとした文明国である日本で行われていたことは、「覚醒」してから知りました。いやあ、日本人、舐められたもんですね。GHQが「焚書」つまり発行禁止にした本は、西尾幹二さんがライフワークとしてその復刻に取り組んではりますね。

 戦後70年以上も経つのにまだ知られてへん本がいっぱいあることは、つまりはその「焚書」によって、現在でも利益を得ている左翼のインチキ学者がまだまだ日本の中にはいっぱいおるということですね。情けない日本人。まだまだ頑張らなあかんな。そして今日、日本人がもっと知っておくべき話がまだまだあることを知りました。

 伊勢雅臣さんの書いてはるメールマガジン「国際派日本人養成講座」の今日の記事「No.1136 終戦直前、日本は原爆実験に成功していた」です。この話は知ってはいましたが、まとまった形で読んだのはこれが初めてです。知る人ぞ知る、な話なんでしょうが、私は二重の意味でこの話はこれまで、日本人は触れたくなかったんやろなと思います。

 一つは、ただひたすら日本をおとしめ、けなしたいおパヨクからしたら、戦前の日本に核兵器なんかを開発する最先端技術なんかあったはずはない、と思い込んでいるということでしょう。それはデマや、で済まされてきたと思います。そして考えられるもう一つの要因は、サヨクでなくても、戦後の一般の日本人は洗脳されてしまっていますから、日本は戦争で近隣諸国に迷惑をかけたという、刷り込まれた「罪の意識」でしょうか。

 内容は読んでもらえればわかりますが、今日に記事の書き出しです。
 <第二次大戦終了直後に、米国の情報機関に衝撃的な情報がもたらされた。1945(昭和20)年8月12日、すなわち日本が降伏するわずか3日前に、朝鮮北部の興南(半島の付け根の日本海側)で原子爆弾の爆発実験に成功していた、というのである。>

 ひええー、ですね。米政府の機密文書の検証からわかったんやそうです。その内容はロバート・ウィルコックス『成功していた日本の原爆実験』という本に書かれ、それを一般読者向けのダイジェスト版として『世界が隠蔽した日本の核実験』という本になっているそうです。ググったら何と勉誠出版から、『世界が隠蔽した日本の核実験成功 核保有こそ安価で確実な抑止力』矢野義昭 著で10月に出版されてました。

 WGIPで洗脳された日本人にとっては、たとえ戦争当時は日本国内やったとしても、朝鮮半島で地上で核実験をやってたと知られたら、えらいこっちゃ、ですね。逆にアメリカ人にとっては、原爆はアメリカが世界で初めて作ったんや、と言いたいところでしょう。

 上の記事を是非読んでください。そんなアホな、と思てても、傍証もいっぱいあります。
 <実は、米国のある科学史専門家は、1940年当時の日本の核物理学者たちの研究は「米側と並んで走っていた」と評価している。それを裏付ける明白な史実がある。敗戦のわずか4年後に理論物理学者の湯川秀樹・京都帝国大学教授が日本人として最初のノーベル賞を受賞した事だ。湯川教授も原爆開発に参加していた。>

 戦前の日本の原爆開発は、例によってと言いますか、陸軍と海軍が別々に行っていた、と。陸軍はアインシュタインに学んだ仁科芳雄氏をリーダーとして、仁科の文字を取って「二計画」と言い、海軍は「F計画」と言う名で別々に開発を極秘に行っていた、ということです。ちなみに仁科氏は、昭和10(1935)年に日本で最初のサイクロトロン(核粒子加速装置)を開発しています、と。そして昭和40(1965)年にノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎さんも、仁科さんの門下生やったそうです。

 <仁科は真珠湾攻撃の報に接して「この国にとり、米国に対して戦争に突入することほど愚かなことはない」と言っていたが、「すでに戦争に入ったのだから、どうしようもない。・・・いかなる場合においても、我々は祖国のために全力を尽くすべきだ」と語っている。>
 良心的な科学者の苦悩がうかがわれますね。

 そして空襲で日本本土が危険になってしまって「二計画」が頓挫した後は、海軍の「F計画」が朝鮮半島北部の興南で続けられたんやそうです。そして、実験の記録がしっかりと残っていて、その核実験の爆発の記述は、その後アメリカが公開したビキニ環礁での原爆実験の様相とそっくりやったそうです。

 ここまでの話だけやったら、そうか、日本がもうちょっと早く開発できてたら、戦争はどうなってたかわからんのになあ、などと、浅薄な私らは残念な気持ちになりますね。ところがここでびっくりするのが、昭和天皇の関わりです。

 <終戦のほぼ一年前、昭和19(1944)年夏、陸軍の「ニ計画」を統括する杉山元・参謀総長が東條英機総理大臣とともに昭和天皇に拝謁した。>
 ここで天皇陛下に、日本もようやく原爆の研究が進んで、もうすぐ完成しますので、それをハワイに投下したら、戦局は一気に挽回できます、という話をしはったんやそうです。

 二人は陛下がお喜びになると思てたら何と、そんなことをしたら、いずれ原爆の開発競争になって、全人類を滅亡させることになる、それでは人類絶滅の悪の宗家に日本がなるではないか、とおっしゃったんやそうです。二人は恐懼し引き下がったけれど、杉山元帥はこっそり開発を続けていたところ、ある日実験のミスで事故が起きてバレてしまい、陛下から叱責された、と。元帥は終戦後、自決されたんやそうです。

 そしてついに冒頭で書いたように、8月12日に実験には成功したけれど、3日後には終戦の詔書が発せられたと。その中には、戦争を終わらせる決断をした理由の中に「終(つい)ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延(ひい)テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ」という文言がありましたと。

 <アメリカだけが原爆を持っているとしたら、これ以上戦うことによって、「我が民族の滅亡をきたす」のは分かるが、それがなぜ「人類の文明をも破滅させる」事になるのか。日本も原爆を持っていた事を知って、はじめてその意味が明らかになる。>

 戦後ずっと昭和天皇はこのことは誰にも明かされることはなかったのでしょうが、人類史にとっても、陛下は正しいご判断をされていた、ということですね。ため息が出ますね。絶対に使うことが許されへん核兵器。私ら日本人は、この邪悪がはびこるこの世界で、いったい、どないしたらええんでしょうか。

 ネットでは、レーザー兵器やらレールガンやら、EMP(電磁パルス)攻撃やら、コワい話がいっぱい溢れています。人類が生き残るためにも、日本人、しっかりせなあかん!

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ナニワの激オコおばちゃん
Posted byナニワの激オコおばちゃん

Comments 5

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八丈島  

僕もそのメール取っているので読みました。海軍が北朝鮮で核実験まで成功していたというのは初めて知りました。たしか米国の原爆のマンハッタン計画は当時の日本の国家予算くらいの資金で開発していたと思います。ちょっと自信はないですが、いずれにしてもこの低予算で日本が核開発に成功するなど、日本の潜在力のすごさが感じられます。その日本に力を与えまいとしている今の財務省は我々の敵です。

2019/10/20 (Sun) 20:21

でゅーぷす  

十七条憲法

「終(つい)ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延(ひい)テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ」

今回、この昭和天皇のお言葉を聞いて、十七条憲法の「和(やわらぎ)を以って貴しと為す」
を思い浮かべました。天皇陛下にあらためて感謝したいと思います。

2019/10/20 (Sun) 21:38

彩希  

陛下は全てを御存知だったということですね。改めて昭和帝の並外れた御聡明さ、御思慮の深さ、民への思いが身に沁み陛下をお偲び致します。陛下の臣民を思われる深い御気持ちは多々ありますが、その中でもアラスカのアッツ島での米軍上陸による日本軍の玉砕を、お知りになった時の陛下の事が心に残っています。

二十日に満たない激しい戦いで愈々となった時、アッツ島の守備隊は最後となる時を迎え機密書類は全て焼却、最後の電文を無線で打った後、無線機も破壊しました。

側近からアッツ島での全滅に向かう兵士達の様子を聞かれた陛下は、もう無線は通じないからと申し上げる側近にそれでもアッツ島に「最後まで、よく戦ったと伝えよ」と電文を打つようにと、お命じになりました。届かなかった陛下の御言葉は魂となった兵が受け止め靖国へと旅立ったことでしょう。

戦後の憲法により象徴となられた陛下の御姿しか知り得なかった我々には我が国が受けた数々の試練で苦しまれた陛下の御心を測り知ることも出来ないままでした。

アッツ島守備隊玉砕
https://blog.goo.ne.jp/misky730/e/2a79a9403e496a809e34e6dd03e4fee5

レーザー兵器やEMP(電磁パルス) については何にも知りませんが、レールガンは怖いものではありませんよ。敵からの弾道弾ミサイルを撃ち落とす迎撃ミサイルはイージス艦からと日本列島全域をカバーする日本海側に2基設置するイージスアショアとあと低い距離で飛んでくるミサイル迎撃用のPAC 3 ですかね。

しかし、何れも連発で飛んでくるミサイルには対応できないと言われています。北朝鮮からは連発でミサイルを撃ち込まれないとは思いますが、しかし中国は日本に何基もミサイル向けてますよね。多分、ロシアもね。

レールガンは火砲ではなく電磁砲で速射が可能な為、連射が可能なのです。そしてミサイル一発に比べると格段に安価です。只今、日本もアメリカもまだ開発中。仕方ないから、アメリカから大量にミサイルを買いました。中国とかロシアとかカス北朝鮮とか、兵器に金使うな、話せば分かると言ってるパヨパヨはミサイル日本に向けないでと敵に話に行ってきなさい!我々は、もう2度と敵に国土を蹂躙させる気はありません。今の防衛レベルでは日本は不安な状況です。

レールガンの原理について詳しくは、こちらを是非、御覧下さい。

▶防衛省が独自開発に乗り出すレールガンは度肝を抜く未来兵器だった!射程200km超で速射も…
https://www.iza.ne.jp/smp/kiji/politics/news/160902/plt16090212020022-s.html

▶ "超速射 レールガン(電磁加速砲)を日本独自で開発へ 自衛隊に導入し、中露ミサイルを無力化" を YouTube で見る
https://youtu.be/h9B6tI-YR1E

敵に侵略されない為には、敵を凌駕する軍事力を保持することです。

2019/10/21 (Mon) 01:11

ナポレオン・ソロ  

NPTに拘らなくなった現状から、既に韓派陳腐化している

 兵器の発達が、戦争の在り方を変えて来たには、寧ろと当然の事
だと思いますが、人類に取って、大きな画期となったのは、先ず、
武器に金属を使い始めた事でしょう、亦、弓矢も是でより大きく威
力の有るモノが登場した、そして、次が、馬を使えるようになった
事でしょう、是で、遊牧民の古劇力や移動距離・速度が、格段に上
がって、農耕民も戦争に馬を持ち居る様になった、

 そうして、戦争はドンドン大規模化して行き、中世のシナや欧州
の戦争では、百万人単位の軍隊同士の戦いと言う事例も珍しく無く
なった。こうなると、相手に対して用いる火器の威力の大きさの追
求に移り、亦、自軍の損害は少なく、相手の損害は大きいと言う見
地から、空からの攻撃、亦は、遠い海からの攻撃と言った、戦いが
人間同士のぶつかり合いよりも、科学力の問題、即ち、資本力の問
題になり、その破壊力の大きさから、戦争の勝者が得るべき、勝者
の利得が、失われて終って居る。

 その顕著な例が、核兵器だろう。 たった1発で百万人以上の人を
殺勝出来て、その土地は放射能塗れとなって、生物が棲めない環境
になるのなら、人類だけでなく、地球を壊して居る事に成ろう。

 すると、勝者に対する利得は何も無い上に、自分達も相手側の核
に拠って、非戦闘員が棲む居住空間や生産活動を行う施設や材料を
ゴミにして終うのだから、勝者も戦後、生き残る事は難しくなる。

 昭和帝はこの事を予測して居たのであろう、当に、御明察と言う
他は無いが、この話を、愛知トリエンナーレで、昭和帝の御真影を
焼いて、灰を踏み着けた朝鮮人に聴かせた処で、オソラク、何の反
応も無いだろう、彼らの頭は、端からその程度なのであるが、こう
したレベルの人間が、核兵器のスイッチを握って居る可能性を考え
れば、当に現在は、人類の生存の危機だろうと思います。

 ダカラ、安倍・トランプチームが目指して居るのは、戦争なき世
界なのですが、そういう世界は、未だ、抑止力の均衡に拠ってのみ
可能だと言う現実があるのです。

 然し米国は、潜在的に顕在して居る兵器を全て陳腐化出来る兵器
を、隠し持って居る可能性が高いと思って居ます。 レールガンも
その一つだったのでしょうが、世間に公表する=顕在兵器化したと
言う事ですね。

 でも、是でマッハ10を超すと言う、大気圏再突入後の核弾頭を無
効化する「=蒸発させる」事が出来るのかは知りませんがね、ダケ
ド、その事が可能で無ければ、NPT「=核不拡散条約」を、もっと厳
格に運用して居て、シナも、インドも、パキスタンも、核を持つ事
は出来無かったと思います。 

2019/10/21 (Mon) 12:30

miku  

日本は「敗戦したのではなく、戦争を終わらせた」これが正しい歴史。
私は「ねずさんのひとりごと」さんのブログで、たまたま知っていましたが、これを知る日本人は、少ないでしょうね。核戦争で人類を滅亡させないために、天皇陛下が戦争を終わらせた。
アメリカ人は死んでもこれを認めたくないでしょうね。

天皇陛下の日本人のみならず、人類の存亡をも気にかける慈愛に感服します。

2019/10/22 (Tue) 16:58

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